ナナシが虫歯になった。確かに以前から痛いとか言ってたけど、今回歯医者に行ったら本格的に治療することになったらしい。



「早く治ればいいのに」
「だったらもっと早く治療すればよかったじゃん」
「だって歯医者怖いじゃん」
「なんだそれ」
「しかも最悪なことに麻酔打たれた」
「え、なら全然感覚ないのか?」
「うん下顎の感覚がまったく」



ほらこんなに引っ張っても痛くない!と、麻酔を打たれた辺りの皮膚を引っ張る。



「ご飯とかどーすんの?」
「そう!それなの!上手く食べれなくて困ってる」
「だから今日はお菓子買わなかったのか」
「ん、」



ナナシは学校帰りにどちらかの家に行くときはいつもコンビニへ寄って食べ物を買いたがるが今日はそれがなかった。おれん家にあったの出しても食べようとしないし。なるほど、そういうことだったのか。



「せっかく封開けたんだから食べろよなー」
「大地がぜんぶ食べていいよ」
「食べさせてあげるからさ、」
「え、まじで?」
「おー」



ナナシの顔がぱあっと明るくなる。やっぱ食べたかったのか。ポテチを一枚袋から出し、ナナシの顔の前に持っていく。



「はい、あーん」
「……それ言われると口を開けづらいんだけど」
「なんで」
「はずいじゃん」
「おれしかいないんだし気にすんなって」
「ん、まあ、そうだけどさ」



小さく開いた口にポテチを一枚入れてやる。相当食べづらいのか、両手で口をふさいでもごもごとしている。



「もっと食べる」
「はいはい」



一枚づつナナシの口にポテチを放り込んでいくおれ。一枚のポテチをいつもより時間をかけて食べているナナシはなんか小動物みたいで可愛らしい。ゆっくりだけど確実に袋の中のポテチは減っていく。



「…なんか飽きてきたな、これ」
「そんなこと言うなっ」
「なら、ちょっとやり方かえてみようか?」
「?」



ポテチを一枚取りだし、それを自分の唇に挟む。そしてん、とそれをナナシのほうに突き出した。



「何してんの大地」
「ポッキーゲームのポテチ版?」
「いやいやいやポッキーみたいな長さないからねそれ」
「ナナシ、早く」



ナナシは軽くため息をついた後、おれに、いやポテチに?顔を近づけ、それを唇に挟んだ。そしてお互い一時停止。



「?ほら食べろって」
「…やっぱ大地が食べなよ」
「えっ、キスしてほしいの」
「やっぱそれが狙いか」
「でもノってきたってことはナナシもしたいんだろ、キス?」
「…したいような気もするけどやっぱりしたくない」



そう言ってナナシがパリっとポテチを割る。あーあ、おもしろいと思ったのにな。



「今全然感覚ないからキスもしたくないの」
「それって何回キスしても感じないってことか?」
「知らない」
「ならやってみよーか?」



今までと異なる状況に自然と口角が上がるのが分かった。だけどポテチなしで唇を近づけたらナナシの掌でふさがれてしまった。ちくしょう。