「もう怒らないでよ」
「怒ってなんかない」
「カオ、怖い」
「怖くない」



今日は赤司くんに誘われて久しぶりに洛山バスケ部の練習を見学しに行った。最後に行った日から大分経っていたけれども相変わらずの大所帯で終始体育館はがやがやしていた。そしてみんなが小休憩に入ったとき、赤司くんは監督に呼ばれてどこかへ行ってしまったため、なんとなく其の場に居づらくなって外の空気を吸うために体育館を出た。その際に後ろから走り寄ってきた人物に声をかけられ、振り向くと葉山先輩がいた。私たちは近くにあった段差に腰を掛けて他愛もないことを話していただけだったのだが、そこに監督との話を終えた赤司くんが来てしまい、それからというものずっと顔を曇らせていた。それは学校からの帰り道である現在でも変わらない。



「赤司くん、あのね」
「名前」
「…征十郎、私、葉山先輩と大したこと話してないよ?」
「でも話してたじゃないか二人きりで」
「そんな風になるつもりはなかったんだけど…」
「………」



つないでいる手からもいつものような温かさは感じられない。こんな赤司くんは久しぶりに見る。



「それに葉山先輩は年上だしさ」
「年上じゃなかったらいいのか」
「そーいうことじゃなくてね、えーと、」



なかなかうまいこと話がまとまらない。どうやって赤司くんの機嫌取ってたんだっけ私。公園の近くを通りかかったため、私たちはそこにあるベンチに二人で腰を下ろした。座っても繋いだ手が離れることはない。



「あのねナナシ」
「?」
「ぼくはナナシが他の男と一緒にいるの見ると胸が痛いんだ」
「うん」
「どうしたらこの痛みを取り除くことができる?」



彼の両の瞳が私に訴えかけてくる。いつもとちがい、そこには明るさがない。どうしたらいいのだろう、と私も頭の中で考えを巡らせる。そんな中、彼が小さくつぶやいた言葉に私は耳を疑った。



「………ナナシがぼくのことを嫌いだなんて」
「……………え?」
「どうした?」
「だ、だって赤司くん、…征十郎がヘンなこと言うから!」
「変なことなんて何も言ってないだろ」
「だって…!私、き、嫌いなんて言ってない!」
「え?」



二人の間に流れる沈黙。いや、でも。本当にそんなことを言った覚えはない。というか私からそんなことを言うわけがない。



「だってナナシは小太郎と二人でいたじゃないか」
「だからってなんでそれが嫌いにつながるの?」
「はっ、もしかして二股か……?」
「違うから!」
「だって彼女が彼氏以外の男と二人でいたらそういうことだろう?」
「そんな話どこで聞いたの」
「前にネットで見た」
「…先輩は征十郎が監督に呼ばれてた間、話し相手になってくれてたの」
「本当にそれだけ?」
「それ以外に何があるの」
「小太郎と付き合ってたとかはない?」
「絶対にないです」
「……ぼくだけを好きでいてくれてる?」
「…うん」



私が小さくそう答えると、よかった、と私の肩へもたれかかる彼。その時に見せた笑みにトキメいてしまったのは内緒だ。



「ナナシに捨てられたかと思った」
「きっと捨てられるときは私が征十郎に捨てられるよ」
「そんなこと有り得ないよ」
「ならよかった」
「でもあんまり他の男と話さないでね」
「ん、わかった」
「そうだ、今度ペアリングでも買おうか?」
「いいけど、なんで?」
「他の男が寄ってこないために?」
「そんなことしなくても大丈夫なのにー」



私は近くにあった彼の頭を撫でると、部活終わりだからか汗で髪が少し湿っていた。



「汚いから触らない方がいいよ」
「ん、そーいうの気にしないから大丈夫」
「……お腹減ったな」
「帰りにファミレス寄ろうか?」
「でも先にナナシを食べたい」
「私を食べてもお腹は満たされないよ」
「そんなことない」
「そんなことあるよ」
「なんで」
「私不味いもん」
「ぼくにとってはこれほどおいしいものはないと思うけど?」
「はず…」
「……ねえ、ここで食べていい?」
「へ?」
「ここでナナシを食べたい」



もたれかけていた頭を上げ、私に詰め寄る赤司くん。目つきが先ほどの落ち込んでいたときのものと大分違う。それどころか普通を通り越していやらしい雰囲気を醸し出している。



「だめだめだめ!ここ公園だから!」
「外でやるのって新鮮でいいと思うんだけどな」
「そんなことしたらほんとに征十郎のこと嫌いになっちゃうよっ」
「!!……じゃあ止める」



"嫌い"という言葉を聞いてさっと身を引く彼。そんな姿にまたしても自分の鼓動が早くなるのを感じた。



「ならぼくの家ならいい?」
「ん、まあ…」
「じゃあ行こう」
「でも何か食べてから帰ろうよ」
「仕方ないな」