本当に人間というものは理解しがたいものである。
かくいう私が人間の手から生み出され、その人間達に使われるために存在しているのだから、これはただの愚痴にすぎないけれども、それでも私は理解しがたいことが山のようにある。
久しぶりに蔵の外に出て、気づけば「なんてことだ」やら「こんな例外、ありえるのか…?」とかなんとか騒ぎ立てながら、見知らぬ者たちがぞろぞろと私の周りを囲みだし、勝手に話を進めていた。私の方が今の状況を説明していただきたい。しかし、この騒ぎの元凶である私が声を掛けるも人間達はこぞって話し合いに夢中らしく、聞く耳も持たないときた。こんな者たちが私の主になるのかと思ったら、ただでさえ現状がつかめずに頭を痛めているのに、さらにひどくなってしまうなあ。
とりあえず、何を言っても無駄なようだし、私の出る幕ではないのだろうと思って、一つため息をついてからそれを見ていた。

十中八九、つい先ほど私が刀に触れたのがいけなかったのだろうとは思う。触れた途端、刀が淡い光につつまれた。私自身も予想だにしない出来事ではあったが、それ以外に思い当たる節がないし、今思えば欲に負けて面倒な事をしてしまったと思う。先ほどまで私に色々と説明していた男が血相を変えて別のものをわらわらと呼んできたのだから、何でも思うように体を動かせるのも厄介なものだ。
私の指先に目を落としても、それはいたって普通の人間のもので、なんの変わったところは見られなかった。けれども、男が言うには、私のこの体に、他の刀にはない特別な力が宿っているらしい。やはり甚だ信じられないことだった。
すると、やっと結論が出たのかぴたりと声が止み、一斉にこちらを向いた。

「なまえさま」
「なんでしょうか」
「貴方さまには、別のお仕事をしていただくことになりました」
「…私の出来る範囲内のことでしたら、構いませんが」
「先ほど、貴方さまがこの刀に触れた瞬間、刀が反応しました。それは私どもと同じ力を思っているということなのです」
「同じ力とは?」
「なまえさまを実体化した力でございます」

私を実体化した力というのは、すなわちこの部屋にある刀達に私と同じく人間の体を授ける力。(正確にいうと付喪神を降ろす力らしいが、私には神の自覚などない)
そのようなこと、私でさえにわかに信じがたいことだと思っているのにもかかわらず、それが私にも出来るとでも言っているのだろうか。しかし、それをしごく真面目な顔をして私にそう言うので、笑止千万である。今の人間とはなんと面白いことを言う。そんな力、持っている自覚もなければ、使いこなせる自信もない。
大体、私は刀である。その役目とは人を斬ることである。戦の中で刀が使われなくなった今でこそ観賞物としての存在に甘んじてはいたが、付喪神を降ろすなどという役目は持ってはいない。

「しかし、新しい主さま、私は一介の刀。人を斬るしか能がありません」
「それはこれまでの話。貴方さまには眠っていた才があり、それがたった今目覚めただけですよ」
「ですが、」
「戸惑われるのも無理はありません。私どもも大変驚いております」
「……主さまがこの力を奮ってみせろとおっしゃるのでしたら、私は何も申し上げませんが、正直使いこなせる自信はありません」
「それについては私どもが教えましょう」

あくまで、私は目の前にいる人間達の所有物であり、その使い方は持ち主が決めるといったところか。その所有物に特別な要素があったらなおのこと、それを利用してやろうと。私の思うことなどどうでもいいのだろう。私が反論しようにも、もう決定事項のようで、何を言っても通らないだろうし、泣く泣くどころか、一回周って呆れてしまい私は口を閉じた。

「そうですか…」
「それにしてもよかったです。実は美しいなまえさまを戦場に送り出すことに少し抵抗があったので、その必要がなくなりほっとしました…」
「必要がなくなった?それは、どういう…?」

今は昔とは価値観も事情も違うのだ。たとえ私が刀であろうとも、特別な力を持っていればそれを奮わねばならない事情が今はあるのだろう。それを自分が受け入れていないだけ。今までしたことのない慣れないことをしようとしているだけのことである。歴史改変主義者とかいう者どもと戦うことには変わりないのだ。それならば、いくらでも戦火へとわが身を投じよう。
しかし、未だ腑に落ちない所はあるが、主が言うなら仕方あるまいと腹をくくったら、再び思いがけない言葉が耳に入った。

「なまえさまには、この刀に宿る魂、貴方さまのような付喪神を降ろすことや、それに伴う私達の行うものと同じ仕事に専念していただくことになりますので、戦わずともよいのです」
「………は、」
「いやはや、本当によかったよかった。女性である貴方さまに戦っていただくなど、男の私どもの面目がありませんし」
「つまり、戦場に出るな、と……そうおっしゃるのですか?」
「?喜ばしいことではありませんか。人間の体を手に入れ、自分の身を傷つけることもなくなったわけですから」

にこりと、それは安心したかとでも言うように笑って男は言った。それに対して私は、今どんな顔をしていることだろう。なんだか言われたことがうまく頭の中に入ってこなかった。男の顔を見ると胸の奥からふとふつと煮えたぎるような思いがわき出てくる気がして、俯いて膝の上で拳を作った。
そのまま私が何も言わずにいると、どんどんと話をし出して、おそらく今後のことについてだと思うが、頷いて聞いている振りはしたものの、今度は私の方が聞く耳を持っていなかった。否、聞きたくないと言うべきか。今はただ、悲しいというか憤りも混じった、決して心地いいものではない感情を持っていた。
用意された部屋に連れて行くと言われても、私の体は元の刀に戻ってしまったかのように動こうとせず、両脇を男に持ち上げられて、渋々歩いて男の一人に案内され部屋へと入った。部屋へ入るなり、一言私に何か言ってすぐに戸を閉めて、廊下を歩いて遠ざかっていく音が聞こえた。

「私は、なんのために…」

へたりとその場に座りこんで、口から言葉が漏れた。
私はなんのために存在しているのか分からなくなった。どうして刀として生まれたのか分からなくなった。
刀として人を斬る役目を持って生まれ、長年使われずにいたけれど、また本来の役目を取り戻せるというところまできたのに。

つまりは私は刀としての尊厳を失ったのだ。


まえ つぎ
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