私が生まれてから八百余年。歳を数えるのはとうの昔にやめてしまった。
というのも、私が刀として生まれてから戦場へと赴いた回数が少ないのはさることながら、どうやら私は、私を鍛刀した刀鍛冶の最高傑作らしく、それがゆえに主が大事にしてくださったからである。つまるところ、私は生まれた頃から床の間に居座ることが多く、主のお客人の目に留まれば、私のことで花を咲かせる話題提供くらいのことしかしてこなかったために、退屈でしょうがなく、自分の歳を数えるなんてことが馬鹿馬鹿しく思われたからである。しかしまた、戦場に出ない刀が本当に刀と呼べるのであろうか。頭を捻るがこれもとうの昔にやめてしまった。

もはや床の間の守護神と呼ぶべき私のすることといえば、主とお客人の話に耳を傾けることと、綺麗な着物の柄を眺めていることしかすることもなく、十分すぎる暇を持て余していた。それは今も相変わらず、戦で刀よりも銃が使われるようになり、それもどんどん進化して、空を飛ぶ乗り物ができ、やがてそれも空からなくなり世が平和になってからというもの、主の子孫へと家の宝として受け渡されてきた私は、暇を持て余す場が蔵に移っただけだった。しかし、蔵は床の間と違い、真っ暗で目を凝らしてもよく見えない上に物音一つしないので、ここしばらくは暗闇の中でひたすら眠っていた。


このようなつまらない生涯を送ってきた私であるが、だが待て。
肝心の私の力をみくびってもらっては困るのである。

たしかに私は戦場に赴いたことは少ないが、仮にも最高傑作と呼ばれていた刀である。主の話に聞くところ、私を造った者はなかなかに名の通った刀鍛冶であったらしく、その切れ味と刀身の美しさは見事なこと。私も類に漏れず、美しさは自分ではどうにも分からないが、たった数回の戦で私は何人の人を斬ったことだろう。主の戦いの技術も結構な腕前であったが、力を入れずに肉にすっと斬り入っていく我が刀身を見てさぞ驚いたに違いない。
まあ、戦がなくなった現代でもないのにかかわらず昔から戦場に出ず、観賞物としてきた私はその自分自身の誇りさえ見失ってきているのだが、これも運命なので仕方ないことだ。

一人暗闇の中に置かれると、このような考えが堂々巡りして、何度も私は刀としていかにいくべきかという難問に取り組んだが、答えは一向に出てこず、諦めて寝ていたところ先日私は蔵から出されたのである。
本当に久しぶりに蔵を出て目を覚まし、身に受ける光がまぶしいなと思っていたところ、私は初めて自分の手の平を見た。
刀である自分が己の手の平を見るとは何事かと言う前に、人間の体を自分が持っていたのである。開いた口もふさがらない。しかし今は開く口も持っている。
これはどうしたことかと思っていたら、随分前に見た主の子孫でもない見知らぬ男が私に声をかけた。

「これは美しい…よくぞ降りてきてくださいました」
「……貴方は?」
「私は…、そうですね…時の政府の役人、と言っても分からないでしょうが、時代の流れを正常に保つ役割を担っている者とでも言っておきましょうか」
「…えっと」
「そのような顔をされるのも無理ないですね」

思わず苦笑い。

「…その、政府の者が何用で私を蔵から引っ張り出したのですか?それに、人間の体まで私に用意して、ただ事でないことはお見受けします」
「話が早くて助かります」
「それは…そうでしょう」

長いこと蔵に終われて、これからもずっと眠り続けるのだと思っていたし、今更観賞物として置かれるにしては事態が少しおかしい。きょろきょろとどう見ても蔵には見えない周りを見回した。

「貴方さまには私達の仕事を手伝ってもらいます」
「仕事、とは先ほどおっしゃった時の流れを正常に保つことですか?」
「いかにも、その通りです」
「あいにく私はそのような力は持ち合わせていないのですが…」
「いえ、なまえさまには何か特別な力を使っていただくということはありません。刀としての力を発揮してもらうだけです」
「…!それは安心しました」
「長く外に出られていないなまえさまはご存じないかもしれませんが、今の世では歴史の改変をもくろむ輩がいるのです。一度起きた事象を無理矢理捻じ曲げるなどあってはならないこと。その輩が歴史を改変しようとしている時代がなまえさまの生まれた時代、つまり刀が戦で多く使われた時に飛んでいます。昔は戦一つで大きく歴史が動いた時代ですから…」
「…なるほど(よくわからない)」
「現代に生きる私達はそこに飛ぶことが難しく、付喪神であるなまえさまに代わりに歴史修正主義者の元へ飛び、討伐していただくことになったのです」
(随分と、ややこしい時代になったものだな…)

そもそも時というのはただ流れるものとしか認識できなかったので、時を遡ったり、跨ぐなど、そのようなことが出来るだなんて考えもしなかった。その具体的な方法なんて聞いてもただでさえ現代に疎い私には分からないだろうし、話を聞いていて頭も痛くなってきたので、今は素直に言葉を飲みこむことにした。まあ、丁寧な口調で話すこの男の目を見ても嘘を言っているようにも思えないし、仮に嘘をついていたとしても己が刀である以上、望みを叶えてやるのが務めだろう。

「ところで、私の主はどこへ?」
「ああ、なまえさまを所有していた者にはこの事を伝え、是非なまえさまを役立ててほしいとのことで」
(蔵に終ってはおかれたが、手入れもしてくださるしなかなか優しい主だったんだけどな)
「突然訳の分からないことを説明されて混乱されてることでしょう。詳しいことはまた後で説明しましょうか」
「そうしてくれるとありがたい。まだこの体の勝手がわからないので」

ではご用意している部屋へ案内しますね、とどこか淡々としている男が私に背を向け、着いてこいと言っているのがわかった。そうは言われても私は動けないぞと思ったが、今の私には足もあることを失念しており、いちいち驚いてばかりの自分の体を動かしその者の後につづく。体を自在に動かせるとはまったく妙な感覚だ。

しかし、そうする前に、ふと視界に入った刀。
私ではないその刀が何口か部屋に置かれているのが目に入った。
その柄や鍔の装飾は一口一口違い、お世辞もなく綺麗で、今は鞘に納められているその刀身もきっと美しいんだろう。視界の端に入っただけなのに、こんなにも惹きつけられてしまった。おそらくこの刀達も私と同じような命を受けて頭を捻ることになるんだろうかとも思った。
だがしかし、昔、主のお客人がよく私に触りたい触りたいと言っていたが、今ならその気持ちもわかる気がする。綺麗なものに手を伸ばしたくなってしまう。手元で、もっと近くで見たいと思ってしまう。
私は無意識のうちに自分に体があることをすっかり忘れて、私は本当にその刀の一口に手を伸ばして、その柄に触れていた。

「……なにっ!?」

その瞬間、触れた刀全体が淡く光る。驚いて声を出した私に、背を向けていた男も振り向いた。

「これは……」
「申し訳ありません、勝手なことを…」
「いえいえ、お気になさらず…しかし、これは…」

ただ刀に触れただけなのに、突然光りだしたので何かいけないことをしたかと思ったが、私が手を離すとそれは収まり、先ほどのようにただ刀が置かれているだけだった。
一体何が起こったのか、私には分からなかったが、男は「もしや…」と呟いていて、何が起こったのか理解しているようだった。

「…一体どうなっているのでしょうか?」
「私も信じ難いのですが…しかし、とりあえずは、先ほどなまえさまには特別な力を使ってもらうことはないと申し上げましたが、撤回しなければならないかもしれません」
「それはどういう…」


「貴方さまには、審神者としてのお力が、宿っているようです」


刀として私はいかにいくべきか、答えはまだまだ見つからないようだ。


まえ つぎ
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