「寿一!寿一!」

なんて、可愛らしい声で俺を名前で呼ぶ女子はなまえくらいしかいないだろう。その声が聞こえた教室の出入り口の方を見ると俺の方に手を振っているなまえがいる。それまで部活のことで東堂と荒北と新開で色々と話し合っていたが、同じく俺を呼ぶなまえを見ると3人とも行ってこいと言ってくれたので、ここは素直に甘えることにする。その時3人の顔が変に緩んでいた気がするが、よく分からなかった。とりあえずなまえが手を振る反対の手に持っている花柄の包みに俺の顔も緩ませながら、小走りでなまえの元まで向かった。

「どうした」

用件なんて分かっているものの、ついそう聞いてしまう。
なまえは相変わらず楽しそうにして、俺の前に持っていた包みを差し出した。

「ふふふ…今日は自信作だよ!」

「自信作…?開けても構わないか?」

「どうぞどうぞ!」

なまえの顔を見るとむしろ開けてくださいとでも言いたそうな顔をしていたので、思わず少し笑ってしまった。
こうやって時々なまえは俺の元にりんごを使った菓子を持ってきてくれる。昔から菓子作りや料理が好きなようで幼馴染である俺もその試食役として付き合わされていたが、俺の好きな食べ物がりんごだと知ってから(高校に上がってからくらいだったか)、りんごを使った菓子をこうやって昼休みに持ってきてくれるようになった。それが毎回どれも違ったもので、本人は自分の料理研究のためだと言い張ってはいるがそれでも俺は今でも俺の元に届けてくれるのが嬉しかった。

しゅるりと包みを解いてみると紙のトレイに菓子がいくつか入っていた。

「これは、どういったものなんだ?」

「アップルパイだよ!あ、寿一ってシナモン大丈夫だよね?」

「ああ、大丈夫だ」

なまえの自信作だというこのアップルパイに顔を近づけて見れば甘い匂いがした。まだ口はつけていないが、それだけでもおいしそうだと思う。

「いつもすまないな」

「いや、こちらこそ長年試食役やらせてごめんなさい」

「そんなことはない。運動していると腹も減るし、何よりなまえの料理はいつだって美味いからな」

「そ、そう……あ、ありがと」

「この前持ってきてくれたのも美味かった」

「や…も、いいから」

なまえは照れ臭そうに俯いて耳まで真っ赤にさせている。これもいつまで経っても変わらないことが近頃幸せなことなんだと感じた。そしてすぐに「あっ、部活のこと話し合ってたんだよね!私もう戻るね!それ皆で食べていいから!」と言って脱兎のごとく俺の前からいなくなってしまった。褒めてやると恥ずかしがってすぐに逃げようとする。
俺はちゃんとお礼を言っていなかったのを思い出し、後で電話しておこうと思いながら包みを持って席に戻った。

「ヒュウ、やるねえ寿一」

「?何がだ」

「ハッ何白切ってんのォ?あんなに見せつけといて」

「ああ、これか」

荒北が俺の手元を指した。

「ほう……しかし上手に出来ているな!羨ましいぞフク!」

「ああ、料理に関してアイツは強い」

「……ところで、寿一」

俺が椅子に座り、机になまえから貰った菓子を置くとすぐに3人は身を乗り出してそれを眺めた。あまりに一斉に群がったので少し身を引いたが、そのうち新開がそれから目を外し、俺の方を向いて物欲しそうな目で手を合わせている。言わずとも何が言いたいのかはよくわかった。それにつられたのか、東堂と荒北も俺の方を向いて同じく手を合わせた。
さっき別れる手前になまえには皆で食べていいとは言われたが、俺は

「だめだ」

「えー…寿一のケチ」「フクの鬼」「福チャン非情」

さらさらやる気にはなれなかった。これだけは駄目だ。これは、長年なまえの隣にいた俺だけの特権なのだから。
何と言われようとも俺は断り、アップルパイの5つあるうちの1つを掴み口へ運んだ。甘すぎずいつも通りのなまえが作ったと分かるような味がした。

「ま、別に期待してなかったけどネ」

「すごい美味そうなのに、残念だな」

「まあ、それもしょうがないだろう…な?」

「だな」

「?」

「フクには全然女っ気がないと思ってはいたが…これを作って来てくれた彼女がいるからなのか?どうなんだねフク」

「別に意識したことはないな」

「またまた。寿一、素直になってもいいんだぜ?」

「…どういうことだ?」

「あんなに頬を緩ませておいてそれはねえわ、福チャン」

「……そんなに緩んでいたか、俺は」

「じゃあ寿一。今度はお前の作った味噌汁が食いたいって言うべきだな」

新開が俺を指さしてそう言った。

味噌汁。

その単語を頭の中で想像する。
味噌汁となったら、さすがに学校には持ち込みにくいだろう。となると家で作ってもらうことになるのだろうか。なまえが台所に立って味噌汁を作っているのを見ながら、俺は食卓で待っている。そんな光景が思い浮かんだ。

「…そうだな」

つまりは、そういうことだろう。なまえが俺の妻になるということだ。それを想像したらとても幸せなことだと当然のように感じた。今度なまえに言って見ることにする。
素直に俺はその問いに頷くと3人は一際大きな声を上げて驚いた。

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