「みょうじ」
名前を呼ばれただけなのに、私はびくりと肩を飛び上がらせて敏感に反応してしまった。ぼーっと見ていた携帯の画面から顔を上げると、金城がそこに立っていて、私を見下ろしている。
「先日借りたものだ。なかなか面白かった」
「えっ、うん?」
私の前に差し出された本は私がこの前金城に貸して上げたマジックの本だ。金城に気を取られてその本を頭の中で認識するのにすこし間が空いてしまって、返事も少しどもり気味になって口から出てしまった。別に普段通りに接すればいい話なのに、つい自然とこんな風になってしまうなんてと頭を抱えたい。ちらりと金城の顔を見やるが、内心不安に思っている私のことには気が付いていないようでほっとする。だけど、ほんの少し彼の顔を見ただけでも心臓がうるさいので目を合わせ続けるのはかなわなかった。
「みょうじ?」
「あっ、ああ、ごめん……これ役に立った?結構古いやつだけど」
「ああ、俺の知らないものも沢山あって十分役に立った。これで先輩達の追いコンに間に合いそうだ」
「そっか、よ、よかったね!」
「そういえばよくマジックの本なんて持っていたな」
「あー、うんと……、いつだったか忘れたけどなんかのパーティでマジックすることになって使ったんだよね」
「今もできるのか?」
「いやいや、随分前のことだし今はもう何もできないよ」
笑ってそう返した。
今は出来ないけど、この本を捨てずに持っていてよかったとは思う。
金城は図書館に置いてあるマジックの本は読んでしまったらしく他に探していたところ、私のところまで聞きにくるなんて思いもしなかったけど。家の本棚の隅の隅に、ホコリもかぶって古い本の匂いのするものだったけど、必死になって探してしまった。もう何年前になるんだろうか。たった一回限りのパーティのだけのために練習した記憶はあるけど、今はもう絶対に出来そうにない。
「じゃあ、先輩方にお披露目する前に俺のを見てくれないか?」
「!ほんと?」
「ああ、簡単なものだが…借りた本に書いてあったのを練習したんだ」
そう言って金城は自分の席に戻って鞄の中から筆箱だけを持って私の所へ戻ってきた。もしかしたらもう始まっているのかもしれないと思って疑心暗鬼になってしまっていたが、手に持っていた筆箱は彼がいつも使っているものを変わりなさそうだ。
そこからひとつ、消しゴムを取り出した。
「みょうじ、これを手に握ってくれ」
「ん、わかった」
私の手の平に消しゴムが乗る。その時に確認したが、なんの変哲もない普通のものだ。それが分かったところで、言われたとおりに金城の前で握る。
「いたって普通のものだということは分かったな?」
「うん」
「では、これから魔法をかける」
金城の口から魔法をかけるとか似合わない台詞を聞いてしまって心の中で笑ってしまったんだけれども、彼の手が私の拳に伸びてきたものだからそうもいられなかった。そのまま私の手を金城の手が覆って強く握られる。私の手なんかすっぽり入ってしまうような大きな手で、手のひらに豆が出来ている少しごつごつした手だ。でも心なしか震えていて、熱く感じた。
「っ、手を開いてみてくれ」
数秒間握られていた後にゆっくりと離される。
「……うわっ!なにこれ!」
「成功したようだな」
「こっ、これお花!なんで!?さっきまで消しゴムだったよ!?」
「ふっ、そんなに驚かれると練習した甲斐がある」
「すごい…!」
さっきまで消しゴムだったのに、私の手の中でバラのような赤い花になっていた。本当に何がどうなってこんな風になったのか分からなくて馬鹿みたいにすごいとしか言えない私が恥ずかしい。けど、金城も金城で照れ臭そうにして咳払いを一つした。
「それはみょうじにあげよう」
「ほんとに!」
「ああ、本を貸してもらったお礼だ」
「別にお礼なんかいいのに…でも、ありがと」
「いや、こちらこそ」
と、言ったところでちょうどよくチャイムがなったので、金城も自分の席に戻った。
金城が私から目線を外したところで私はこの赤い花をしばらく見ていた。そして、こんなマジックなんか私の本に書いてあったっけとふと思い、返してもらった本をぱらぱらとめくった。すると折れ目もついてないのにあるページでつっかかって、私の本をめくる手も止まる。
そこには一枚のメモがはさまれていて、私はそのメモを読んだ途端思わず机に顔を伏せてしまった。私の背中が見える席で金城は今どんな顔をしているのだろうか。
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