自転車に乗っている姿は素直に綺麗だと思った。その姿勢なんかは他の人とは一風変わっていて彼独特のものであるらしいが、私はその他の人のものをあまり見たことはないので彼の走りしか知らない。その姿を見るのも私の前を通り過ぎるほんの数秒にしかすぎないのに、頭に残るのは何とも不思議なことだった。
私は特に部活も入っていなくて学校が終わると同時にすぐに帰ってしまうが、同じ時間に部活が一斉にスタートする。といっても、大体は着替えや最初にミーティングがあるためすぐに始める部活なんてないのだが、その校門を通る際に私の横をよぎる彼だけは例外だった。

「また君ィか。なんや人のこといっつもじろじろ見よって。はっきり言うてめっちゃウザいわ」

「…別に見てないから」

この時間にここを通る彼を心のどこかで楽しみにしているなんてとても言えなかった。あまりにも丁度よく毎日この時間に彼の姿を見かけるので少し止まって待っている時もある。その時偶然、ちらりと彼が横目で私の方を見て、目が合ってしまってから御堂筋くんは校門に差し掛かるたびにわざわざ自転車を降りて私にぐちぐちと文句を垂れているのであった。

「ハァ?何言うとるの?毎日君ィとすれ違いざまに目合うん僕の気のせい言うんか」

「そうなんじゃない?」

「んなわけないやろ」

「大体そっちが目合わせてきてるんでしょ?」

「ププッ!何を言い出すかと思えば何やそれ、随分強気やなあ?」

実際はすごく怖いんだけどね。自転車を降りた御堂筋くんは私にとってすごく怖い。走っている時の姿とは違って背の高い彼が私を見る時はいつも上からだし、その声も言葉もとても優しいものではない。何故こんな人があんな走りを出来るのか御堂筋くんと話しはじめてからすごく思うようになった。

「キモッ!キモキモキモォ!誰が好き好んでストーカーみたいな奴と目合わせなあかんねん!」

「(私だって不思議だよ)」

「僕はただ練習しとるだけやで?それが何でそうなるんか分からんわ」

「じゃあ、なんでわざわざその練習を中断して私に話かけてるんですかね?適当に無視しとけばいいんじゃないの?」

本当に、そう思う。私が見ているのは勝手だ。別にいきなり彼の前に飛び出して邪魔しようなんてことはしたこともないし、やろうともしていない。ただ脇の方で見ているだけなんだから、別に無視してくれたって全然構わないのに。
そうずっと思っていたことがついに私の口から漏れてしまうと、これはまたひどいことを言われるんだろうなと身構えていた。

「っ………」

だけど、頭の中で予想していたたくさんの言葉がいつまで経っても聞こえない。恐る恐る顔を上げて見上げてみると、御堂筋くんは口元を手で押さえて心なしか目が泳いでいた。

「えっ……?」

「っは、ありえへんし。僕がこないな奴に構っとる時間なんて、欠片もない、はず」

「ちょ、ちょっと?」

「とんだタイムロスや」

私がぽかんとしているうちに、御堂筋くんはぶつぶつと言ってそのまま自転車に乗って行ってしまった。
なんだろう、あの一瞬は。私を悩ませるには十分な時間だった。
なんで、あの時何も言われなかったんだ。なんですぐにありえないと言ってくれなかったんだろう。私の脳裏には御堂筋くんの戸惑った(ように見える)顔が焼き付いて離れない。
だけど、不思議に思うのは普通だと思うんだ。ウザいって言ってもたった一瞬の話なのに、ここまでする必要なんてないと思う。だから私は素直に言ってしまっただけで、御堂筋くんがあんな顔をするとは夢にも思わなかった。
私は別に、御堂筋くんの自転車に乗っている時の姿を見るのが好きなだけで。他の自転車部の人たちの姿はこの時間には見られないだけだから、彼を見ているだけ。でも、私だって何故待ってまで見る必要がある?

もんもんと地面を見つめながら歩く私はなんだかやけに顔が熱いなと思った。


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