マリッジブルーという言葉があるが、実際俺にはなぜそうなるのか理解できなかった。俺が結婚する前の話だ。
だが今、俺の目からは紛れもない涙が流れていてなんだか自分が女々しく思う。とにかく不安なのだ。俺はなまえを愛し続ける自信は当然あるが、はたしてなまえは俺のことを飽きずに愛し続けてくれるのか、ちゃんと幸せにしてやれるかどうかが不安で仕方がない。今まで俺を好きでいてくれたのは本当に幸運なことだっただけで、これからの未来を思うと想像できなかった。
しかしこれは俺がもっとしっかりしていればいいだけの話なんだ。これから先結婚して、子供が出来て、二人で老いて死ぬまで、なまえを魅了し続けるような自分であればいいのだ。そう考えて、普段の俺なら前向きに考えられたはずだ。

「なに弱気になってんだ俺」

なまえの着替えも化粧も終わったことを、新郎である俺の控室にわざわざ伝えに来てくれたスタッフ。こんな弱気になっている俺を見せられたら、それこそなまえとしても不安になるに違いない。結婚式なんて幸せの象徴であるともいえるのに、そんなことはあってはならないんだ。
しかし、なまえのウエディングドレスをいち早く見たくて俺の足は自然となまえの控室に向かっていた。部屋の前で深呼吸をして借り物の衣装だというのにその袖で涙を拭き、ひとつ笑ってから扉を叩いた。

「、なまえ!準備ができたそうだな!入ってもいいか?」

「っ、じ、尽八?」

「むっ、駄目だったか?」

「あっいや、いいよ!だいじょうぶ!」

声を出すとき、言葉が潤んでいなかった心配だったがまあ大丈夫だろう。なまえからの了承も貰ったので、恐る恐るドアノブに手をかけゆっくりと扉を開けた。


「…………」


今日は雲一つない晴れだ。
大きな窓から部屋の中にたくさんのが射していて、いきなりそれを浴びた俺は眩しさに目を細めた。目が慣れて、部屋を見ると、その真ん中になまえがいた。なまえの着替えの手伝いや化粧をしていただろうスタッフが気を遣ってくれたのか何も言わずに俺の横を通って部屋から出て行く。その間ただ俺はその場で立ち尽くしてなまえしか見ることが出来なかった。

言葉が出なかった。いつも見ているというのに何故こうも変わることが出来るのか。
たしかにそこにいたのはなまえだったが、それがもうきれいというか何というか。言葉に出来ないんだ。ただ、その姿を見れて俺は幸せだった。

「ど、どうだろう…似合わないよね」

「…………」

「尽八?」

「…っ、いや、決してそんなことはないぞ!美しい!流石俺の嫁、だ」

自分で言葉にしてみて改めて実感したが、この目の前にいるなまえが今日、あと何時間か後に俺のお嫁さんになるのだ。ああ、なんてたまらなく幸せなことなんだろう。弱気になっている場合ではない。俺のことをずっと見させる努力?出来なくてもやるしかないのだ。純白のウエディングドレスを着たなまえを前にしてそう思った。
後ろ手で扉を閉めて、なまえの元まで歩いた。せっかくしてもらった化粧を崩すわけにもいかなかったので、触れることは叶わなかったが俺には到底触れられそうにもなかった。そのかわりにじっとなまえを見つめると、なまえは恥ずかしそうにしていたが俺の目をじっと見ていてくれた。

「?」

そして、なまえの目が真っ赤になっていることにふと気づいた。

「なまえも、泣いていたのか」

「…も?ってことは、尽八も泣いてたの?」

「ま、まあ、こんな場だからな俺だってうるっとくる。決して不安になっていたわけじゃないぞ!大丈夫だ。俺が絶対になまえのことを幸せにする」

「えー、なんか不安だなあ」

「なんだと!」

「あんまりがんばりすぎないでね」

「……なまえ?」

「夫婦になるんだよ?二人で、がんばっていかなきゃ」

「っ………」

なまえも俺と同じように思っていたようだったが、俺より一枚上手だった。一人で生きるのではなく、これからは二人で生きていくのだ。俺が思っていたのは所詮今までの考え方で、夫婦としてのビジョンが全くなかったというのに、なまえは。

「私も尽八がこの先何十年も私を好きでいてくれるか不安だった」

「…俺たち、似た者同士だな」

「だから結婚したのかもね?」

あたたかい光に包まれてなまえが俺にそう言うんだ。

「これからも、ずっと、俺の傍にいてくれるか?」

「や、っちょっと、まだ早いよ!結婚式始まってないから!」

「なんなら誓いのキスも済ませてしまうか?」

「ん、んと…」

顔を近づけて見て見ると、こんなに綺麗になってもなまえはなまえなんだと思う。
独身で最後の口づけだった。

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