女子から告白されることは多かったが、その逆は乏しく、というよりは全くなく。人を好きになるという感情が今までよく分からなかった。たしかに俺は美形であるから惚れてしまうのも分かる。非常に分かるぞ。しかし一目惚れで俺のことを好きになったと言ってくれたこの女子はどんな気持ちなんだろうかと考えると、よく分からなかった。


(話したこともないんだぞ…)

「あ、あの…お返事を聞かせてもらえますか…?」

「あ、ああ…」


返事も何も、話したこともよく見たこともない女子に返答を求められてもだな。思わず頭を掻いてどうしたものかと考えた。その間この女子から上目遣いと目をうるっとさせて俺を見てくるから、なんだか悪いことなんか何一つしてもいないのにしてしまった気分になってしまった。
たしかこの子はよくレースの応援に来てくれる子…だった気がする。女子は大体固まって応援するしな。その中から誰が誰というのを把握するのは少し難しいものがある。その塊の中の一人だということはおぼろげに覚えてはいるが、まあここまで覚えているだけ俺は凄いと思う。
そういえば返事を求められているのだったな。


「すまんね、今は部活に集中したいんだ」


はっきりと言ってしまった方がこの子のためでもある。うやむやにして困るのは俺の方だと思い、部活を理由にして俺は断った(たいてい断るときはこれが一番だな!)今どきメールでも手紙でもなく直接告白しにくる方が珍しいこのご時世。そんな中で正面切って言ってくれたのは相当な勇気と本気だったのだろうと言うことは見てとれた。
少し間をおいて小さな声で「そっか、ありがとう」と言ったのが聞こえた。それから逃げ去るようにして行ってしまったので、ますます俺の心の罪悪感が増した。若干声が震えていたし、あれ以上大きな声を出してしまうと泣いてしまっていたのだろう。そんなところを俺の前で曝したくなかったのだろうか。見た目は大人しそうに見えるというのにそんな根性を持っているなんて、勿体ない子をフってしまったようだ。人を泣かせてしまうというのはこんなに気疲れするものかと思いため息が出た。
そして、十分に俺の気持ちも整ったところでそろそろ俺も部活があるし、部室の方に向かわねばなと思って俺も教室に戻って荷物を取ってこようとした矢先だった。


「あっ、ごめんね」

「む、いや、構わん、が…」


その途中で女子とすれ違いざまに肩をぶつけてしまった。俺がろくに前も見ず歩いていたせいだと言うのに、まず口を開いて謝ったのは彼女の方だった。ぼうっと考え事もしていたこともあって事態にうまく頭がついていっていない。本当に軽く、触れるくらいにぶつかっただけなのだから、そのまますぐに歩き出せばいいものを俺は彼女、なまえさんをじいと見つめてしまっていた。だからかなまえさんはわたわたと慌てだし、いろいろと心配の言葉を掛けてくれた。後から聞くにこの時大分心配したらしい。ようやく俺もはっとして、慌てるなまえさんに意識がいった。

「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ?」

「あっ、そっか…よかった〜具合でも悪いのかと思って…何ともなくてよかった」

そう言ってにっこり笑ってくれるのがやけに俺の頭から離れなかった。自分でもなんでこんな風になるのか理解できなかったが、今思えばこれが一目惚れだったのだと思う。突然びびっとひらめくような、そんな感じだ。何にも形容しがたいものだ。好きかどうかというのはこの時点では流石に分からなかったが、後々になって自覚して、なまえさんという存在が俺の中でみるみる大きくなっていった。
思い出だから、多少美化されている部分もあるのかもしれない。その時のなまえさんは普通の学校指定のジャージだったし、運動をしていたのかその時は分からなかったが首筋に髪が少し張りついていて色っぽかった。



「その時は大変失礼いたしました…!」

「そんなに気にしなくてもいいのに…」

「いや、あの時は先輩とも知らずにため口を聞いてしまうなんて俺としたことが…」

「ふふっ、東堂くんは真面目だねえ」


と、信じられないことにあの時と変わらない笑顔を向けてくれるなまえさんが、今俺の前にいる。

あれからなまえさんが先輩だったと気づくのはそうかからなかった。何しろ俺が部室に入って着替え終わり、さて準備を始めるかと思ったらなまえさんがいたのだから。聞けば人手が足りない夏合宿の時や春の新入生募集の時等だけ、臨時でマネージャーをやっていたらしく俺も知らないのも無理はなかった。
それから一年。元々臨時でいたわけだから部活の時間に会えるわけでもなく、当時3年の先輩達が卒業するにあたってお別れ会を開いた時になまえさんも来ていたが、やっと話す機会があると思ったのにいざ彼女を目の前にしたら何を話したらいいかも分からず、そんな状態で仲よさそうに3年の先輩方と話すなまえさんの前には出れなかった。そうしてたまにすれ違いざまに少し話すくらいでなまえさんも卒業してしまい、今の今まで思いを膨らませていた俺。会えれば会えないほど気持ちというのは大きくなるものだし、最後に会った時のなまえさんが美化されていく。

今日の練習は休みの日だったが、自然と足が部室に向かってしまい一人でローラー台でウォーミングアップをしている時だった。がらっと扉が開く音がして誰か入ってきたと横目で見たらなまえさんだったのだ。思わず転びそうになった。


「スカウトしに来ようと思ったのに、今日練習お休みだったんだねー、残念」

「スカウト?」

「うん。まあそうたいしたものじゃないんだけど、私、大学で自転車部のマネージャーになったんだ」

「む、それは本当ですか!」

「高校で臨時でやってた時からね、最初からやってればよかったなと思って大学で入ったの」

「なるほど、今日はそれで」

「結構私の大学のところ強豪みたいでね、たくさん強い選手も欲しいみたいで…でも今日練習お休みならまた違う日に来ようかな?」

「えっ!?」

それに大きな声を出してしまうとなまえさんがびくっと肩を跳ねらした。も、申し訳ない。しかし、せっかく二人きりでこんなに話せる時間もたっぷりあるというのに、なまえさんが帰ってしまうのは絶対に嫌だった。

「ど、どうしたの?」

「え、いっいや!なまえさんがせっかく来てくださったのにすぐ帰らせてしまうのもなんだかなと、思いまして…」

とっさに言ったいい訳にしては上出来だ。

「そっか、じゃあ…もうちょっといさせてもらおうかな?」

「あ、はい、どうぞ」

「…………」

「…………」

ここで俺が話出せばいいものを!普段の登れる上にトークも切れる俺はどこへ行った!自分から引き留めておいて、何を話したらいいか頭が真っ白になって何故かとりあえず練習を再開してしまっていた自分がいた。なまえさんを前にしてしまうと、どうも普段の調子が戻らない。ああ、どうしたものか。俺が引き留めてしまったばかりに帰れず、部室にはただ俺の漕ぐロードの音だけが響いている。また俺がちらりとなまえさんの方を見ればすぐに顔を逸らされてしまうし、なんだか悲しくなってきた。
とは言っても、なまえさんをそのままにしておくわけにもいかないので俺は一旦ローラー台から降りてなまえさんに向いた。連絡先くらい聞いておきたい。

「…………」

「…………」

「…なまえさん!」

「っ!?はい!」

「あ、あの!」

今、あの一年前の俺に告白してくれた女子の気持ちが分かった気がした。人を真剣に好きになったり、一目惚れをするなんて初めてのことなんだ。こんなに勇気がいることだとは思いもしなかった。
いや、俺は何を考えている?ただ連絡先を聞けばいい話なのに、なんでこんなことを考えているんだろう。次来る時に連絡貰えますか?でいいだろうに。

「好きです!」

気がつけばこんなことを口走っていた。言い訳するにももう遅い。

「え?え?」

なまえさんも一年前のように慌てていた。俺の顔はかあっと一気に熱くなって、もうどうしたらいいか分からなかった。
すると、急にふっと一年前の俺に告白してきたあの女子を思い出した。あの女子の気持ちがようやく分かったような気がした。今、俺があの子の立場に立っている。

「……えっと、あの、」

「……いきなりで申し訳ないですが、本気です」

「…理由、聞いてもいいかな。私達何回か話したことはあったけど、今まであんまり会ったことはないよね…?」

「…まあ、そうです……が、正直に言ってしまえば…一目惚れです」

「……!」

なまえさんの顔が恐ろしくて見れなかった。初恋は叶わないとはよく言ったものだが、今の時点で言ってしまった以上上手くいくなんてことは俺の頭には残っていなかった。だから、俺に視線を向けるなまえさんが、申し訳なさそうにしてるであろう顔を見るのが恐ろしかった。
けれども、長年積もっていた気持ちを言えて心はすっきりした気がする。これからはまた普通の先輩後輩でもいい。初めからそれ以上のことはあまり期待していなかったかもしれない。


「…っくりした」

「え?」

「びっくりした」

「……何がですか」

「私と、同じなんだ」


急に頭を殴られたような感覚がする。俺は頭の中でありえないありえないと叫んでいた。まだなまえさんは何も言っていない。でも、その先に何を言おうとしているか考えると俺の浮ついた頭は一つの答えしか出していない。しかし、これでその答えが間違っていたら?そう思うと必死にありえないと考えようとする。けれども動悸は一向に治まらなかった。だって思わず顔を上げてなまえさんを見たら俺みたいに顔を真っ赤にさせて俯いてるんだ。


「……っ?それは、どういう」

分からないふりをして、気づかないふりをする。
ここまできて余裕なんて意味はないのに、なまえさんの前では格好をつけたいのか俺は自然とそうであろうとしていた。

「私も一目惚れ、してたんだ」

耳を疑うような言葉だった。

「東堂くんがよければ、よろしくお願いします」


この時の笑顔は一年前と全然変わっていなかった。

もどる


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -