ロードはオールウェザースポーツだが流石に俺も雨の中学校まで走ってびしょ濡れになってまで乗りたいとは思わない。今日は雨だ。そういう日は電車を使って学校まで行っている。
しかし俺はその電車が大嫌いだ。平日の朝という時間帯だから、会社へ通勤するサラリーマンと学校へ通学する学生とで電車の中はごった返していて、駅員が遠慮もなく力いっぱい押して乗りきる始末。モノかよ俺らは。それに、こんなに人との距離が近いと色んな人間の匂いが混じって、さらには雨の日で少し湿っぽく本当に最悪の気分になる。
しかし、家を出る時にはどうしようもなく憂鬱な気持ちだったが、今日は一つだけ、いつもとは違った。
階段を下りて、駅のホームに出るとすでに電車を待つ列の最後尾に並んでいたみょうじさんが遠くに見えた。そこまで大分離れているのに見えてしまうところ俺も相当まいっている。つか、乗る駅同じだったのか、気づかなかったっショ。雨の日しか電車に乗らないので気づかなかったとしても仕方なかったかもしれないが、予想外の出来事に少し足が軽くなった気がする。俺の足は自然とみょうじさんの並んでいる列へと吸い寄せられるようにして向かっていた。
(あー…これは挨拶くらいしなきゃだよなァ)
けど、俺はみょうじさんの並ぶ隣の列に並んでいた。みょうじさんとは知り合いだと言えどもそこまで親しげに話すような仲でもない。どちらかといえば俺が一方的に気になっていて、その気恥ずかしさのせいで話しかけられないでいた。今だってそうだ。周りに総北生の奴はいないし話しかけたって構わないのに、挨拶してから何を話せばいいかを頭の中でイメージすると、全くもって上手くいくものが思い浮かばなかった。みょうじさんの方が俺に気づいてくれないかななんて思ってたけど、前に並んでいる誰かも知らないおっさんの背中をぼうっと見ているだけだ。
そうしているうちに電車がホームに到着してドアが開くと同時に一斉に乗り出す。俺もその波に飲まれながら中の方に流されていった。
「巻島くん、だよね?おはよ」
「っみょうじ、さん…はよ」
駅員の大声でようやく発車するのかと思って一先ず息をつくと、目の前にみょうじさんがいることに気が付いた。同じくらいの順番に並んでたからか?同じように押し込まれて鉢合わせたようだ。みょうじさんも俺に気が付いてふにゃりと顔を緩ませた。
「巻島くんも同じ駅だったんだね!気づかなかったよ」
「まあ、基本自転車通学だからな」
「あっ、そっかそっか。そうだよね」
「みょうじさんは毎日電車通学なのか?」
「うん、私は自転車で通う元気もないし…っと、うあっすみません!」
俺と話している最中も電車は揺れる。俺たちの立ち位置が近くにつり革はあっても高い位置にある真ん中だからかみょうじさんはバランスをくずして隣の人にぶつかっていた。危なっかしいショ…。みょうじさんは申し訳なさそうに謝って持ち直したが、また電車が揺れてもたれて今度は逆側の人にぶつかってぺこぺこと頭を下げていた。
「すみません、っと、わっ、」
「大丈夫か?」
「う、うん!だいじょう、ぶっわああ、ごめんなさい!」
「どこが大丈夫なんだよ」
俺はまだつり革に手が届くから大丈夫だけど、みょうじさんの身長的には届いたとしても爪先立ちでやっとな感じだろう。流石にこの電車内では何かにつかまっていないと辛いものがある。もうみょうじさんはぶつかりすぎて「またかよ…」みたいな感じの白い目で見られていた。
「俺につかまっとけばいいっショ」
って、言うべきなんだろうな。
そんなことして降りる駅まで俺が持つかどうか。心臓的に。
けど、目の前のみょうじさんを見ていたらそうも言っていられない。
「っ、すみません…ん?」
俺は何も言わずにみょうじさんの背に腕を回してしまっていた。なんでなんか言う前にやっちまったんだ俺と心の中で激しく思ったが、時すでに遅し。今更口から何も出て来なかった。恥ずかしくてみょうじさんの顔見ることなんて到底できない。けど、密着した状態になってみょうじさんのシャンプーの匂いかなんかが香ってきてくらくらした。雨の日の人の匂いは嫌いだったが、これは違う。
「ありがとう巻島くん…!すごく助かりました!」
今日は死ぬかと思った。
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