なんだか、俺としてはめずらしく悩んでいた。
元旦の昨日、みょうじさんと手を繋いでからというもの、繋いだときの感触が未だ残っている上に思い出すたびに顔が熱くなってくるのは何故だろうかと思う。いくらか動悸もする。こんなことになるのは今までにあっただろうかと思い考えてはみたが経験はなく、どうにも治りそうにないのでこうやって頭を捻らせているわけだ。思えば、女の子と手をつないだのも幼少期以来久しぶりのことなのではないかと手を見ると、やっぱり心臓がどくどくといつもより脈打っている。
「はー、長かった」
「む、電話は終わったのか?」
「うん…もう長くて長くて聞いてるこっちが疲れた」
そうしていると、電話で少し場を離れていたみょうじさんが戻ってきた。
そうだ、電話!俺も巻ちゃんに相談してみるべきなのだろうか。巻ちゃんならばこの状況を的確に判断し、アドバイスをくれるに違いない!
いざ!と思い立って携帯を手に取ったが、部の奴らからあけましておめでとうメールと一緒に巻ちゃんからのメールが届いていたのに気が付いた。真っ先に俺はそれを確認すると、こうだ。巻ちゃんは今家族総出でハワイに行っていて通信料が馬鹿高くなってしまうから電話をしてくるな、だそうだ。思わず携帯を落としてしまった。
「おお、巻ちゃん…」
「?あっ、東堂くんチャンネル変えていい?」
「どうぞ…」
唯一の頼みの綱が、断たれてしまった。あれか、巻ちゃんがダメなら新開や荒北に相談しろというのか。それとも福富か?考えただけでもあり得ない。昨日引いたおみくじが凶だったのは伊達じゃない気がしてきた。つい頭も垂れてしまう。
いやいや、ここでめげてはいけない。
これは最初から俺一人で解決すべき問題だったのだな。ここでうじうじと悩むなんて、それこそ俺らしくもない。
大人しく落とした携帯を拾ってソファに座るみょうじさんの隣に座ると、なんだか違和感を感じた。ここ一週間ほど当たり前にこうやって一緒にテレビを見ていたのに、今はどうにも違った。みょうじさんとの距離が近くなるにつれて動悸が激しくなる。どういうことだこれは。
「東堂くん具合悪い?だいじょうぶ?」
「ん?ん、ああ」
「いや、ずっと頭抱えてるから頭痛いのかと」
「い、いや、大丈夫だ!ハッハッハ」
「それならいいけど…」
みょうじさんに心配されてしまった。
とにかく、治りそうもないものなら放っておけば治ることもあり得るかもしれない。すでに考えることにも疲れてきた俺だったが、別に昨日今日の話だし特に焦って解決すべきことでもない。
「(そういえば、随分と長い電話だったな…)だれから…」
と言いかけたところで口を閉じた。みょうじさんから答えを聞く前に頭で思い浮かべてみたんだ。長電話ということは当然俺にとっての巻ちゃんのような親密な関係にあると考えていいのではないか。親密な関係…友達とも考えられたがこんな時間に?すると辿り着く人物像は俺の中で決まっていて、それを単刀直入に聞いてしまうのも申し訳ない。しかし、どういうことか先ほどまであんなに動悸が激しかったのにぴたりと止んで、かわりにちくりと痛みだした。
「みょうじさんは彼氏とか、いるのかね?」
気付けば俺はこんなことを聞いていた。
「えっ、いきなりだねー…」
「あっああ、いや、別に言いづらかったら言わなくてもいい!ただ、さっきの電話が随分と長かったなと、思っただけだ」
「さっきの電話?お母さんからだよ?」
「…そう、だったのか」
「うん、いい加減休み貰って帰ってきなさいっていう内容を長時間言ってただけ」
「…そうか」
「あと、彼氏はいないよ?悲しい独り身です」
この台詞を聞いて少し喜んでしまった俺はなんなのだろう。ここでもしみょうじさんに彼氏がいて、さっきの電話も彼氏からだったら?想像しただけで落ち込む自分がいた。何故だ?俺は別にみょうじさんのことは好きではない、はず。しかし、今俺はどうして喜んでいる。
みょうじさんをちらりと横目で見ただけで恥ずかしくなってしまい、目を逸らしてしまった。
「だから、明日一旦実家に帰るね」
「っ!帰るのか!?」
「そ、そんなに驚かなくても…」
「あっ、すまん…みょうじさんがすっかり馴染んできたものだから、つい」
「あれだよ、あんまり働きすぎると労働基準法に引っ掛かるらしいし?女将さんにも言われてたから、この機会にそろそろ休み取っとこうかなと」
「…………」
「でも、一日だけだからすぐ戻って働くよ?労働力の心配はしなくていいからね!」
いや、労働力の心配ではなく今の俺はみょうじさんのいない明日の生活について頭が一杯だった。
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