「流石に冷えてきたな…」

「部屋の中はいいけど、廊下は寒いよね。上半身はまだいいけど足が冷える」

「大丈夫か?冷えは大敵だぞ!」

「うん…早く大浴場掃除したい…」

「次で最後だからな!もうひと踏ん張りだ!」


毎日やることがいっぱいで、日々過ぎるのが一段と早いこの頃。
学生であり、さらには同じ学校で同じクラスということもあり、俺はみょうじさんはペアになって仕事をすることが多くなっていた。歳が同じ分話しやすいし動きやすいだろうという、若干意味の分からない押しつけのような理由で行動していたが、まあ何事もなくむしろスムーズに仕事を進めていた俺たち。
仕事の他にもみょうじさんが住み込みで働いているのでご飯の時以外も夜一緒にテレビを見たりしてどんどんと距離をつめていった。もちろん恋愛とかは関係なく。俺の周りの女子というと、どこか好意を持って接してくる子が多かったので(別に嫌ではないが、むしろうれしいことだ!)、その部分は非常に安心した。みょうじさんもみょうじさんで住み込みで大分ここにいるからか、ここの雰囲気にも慣れてきている感はある。元よりこの旅館は量より質といったようなそこまで大きくもない老舗旅館だから馴染みやすいのかもしれない。俺にもよく話しかけるようになり、だんだんと気を許してきたのは喜ばしいことだ。


「東堂くんそれ取って!」

「これか?」

「ありがと!」

「こっちはもうちょっとで終わるぞー、みょうじさんはどうだ?」

「ごめん、もうちょい…」

「ちょっと待ってろ、すぐ終わらせて手伝う」

今日もとて仕事に精を出す(俺の場合は手伝いだが)。
昼間の客が出払っている部屋の担当分の清掃も残るは一部屋となった。何も言わずとも俺達の間で役割分担は決まっていて、入るなりただちに作業に取り掛かる。やることが決まっていれば後はそれに専念するだけだ。手際もだいぶ良くなってあっという間に片付こうとしていたら、通りがかりだと思われるお袋がひょこっと顔を出した。

「尽八―?」

「ん?なんだねお袋」

「もう終わりそう?お風呂場掃除する前になまえちゃんと一緒に次やってほしいことあるんだけど?」

「あー、もうちょっとで終わる!みょうじさん今手伝うぞ!」

「…あんた達息ぴったりね」


お袋が入ってきても手を止めずに作業しながら話を聞いている俺たちにそう言った。
それを聞いた瞬間、俺たちは手を止めて顔を見合わせたが思っていることは一緒のようだった。
それはそうだろう。慣れというものだと。


「だいたいお袋がみょうじさんとペアにして行動させたんだろう」

「それはそうだけどねえ…」

「なんだ、含みのある言い方だな」

「ここまで息がぴったりだとね?母としても思うものがあるものよ?」

「…お袋、みょうじさんが困るからよしてくれ」

「いやいや、女将さん慣れですよ慣れ!何日も一緒にやっていれば当然です!東堂くんの気配りがすごいんです!」

「あら、そう?」


どうして母親というものはこういうことに首を突っ込みたがるのか分からないが、言葉を濁してはしたがなんとなく言いたいとは伝わってきた。ようは俺も思春期の男なわけだし、母親としては彼女でもいたら、はやしたてたくなるのだろう。もう考えていることがばればれで、心の中でため息をついていた。このお袋にはみょうじさんも困るものだと思って彼女を見ると、なんの照れもなしに言い放つものだから少しぐさっときた。決して好きだとかそんなことはないとは思ってはいたが、それでもこうもきっぱりと言われると俺の立場が…。完全に仕事モードのみょうじさんにはそんな話題に微塵も興味を示さないらしい。


「…尽八」

「うっ、なんだよ…」

「フラれちゃったわね…」

「う、うるさいぞ!次の仕事はなんだ!邪魔をするな!」

「あら、邪魔するなですって」

「〜っ!お袋!」

完全にからかっている。俺もそこまで気にすることでもないのに、こう煽られるとカチンときてしまった。みょうじさんはというと、俺が手伝う前に「終わった!」といって、何事もないかのように「どうしたの?」と言ってくるのでさらに俺はフラれてないのにフラれた気分になった。


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