「あいかわらず、実の息子にも容赦ないな…」
久しぶりに手伝う実家の手伝いは予想以上に堪える。結局午前中に実家に着いてから一休みもせずあっちに行ったりこっちに行ったりと旅館じゅうを走り回り、しごかれつづけた俺はくたくたになりながらやっとの飯にありつけた。最後に見た空はあんなに明るかったのに今じゃもう真っ暗だ。途中経過を見る余裕もなく、一日はあっという間に過ぎ去っていた。今食べているのも旅館で出す食事のまかないみたいなものだがこれがなければやってられんなと思う。噛みしめた米は普段の練習後に食う飯の何倍もうまいと感じた。
それにしてもこれがあと六日続くとなると気が遠くなる。せっかくの休暇ではあるが気晴らしに自転車にでも乗りたいと思ってしまい、しかしそんなことを言うとお袋に睨まれるだろう。どうせ「お正月くらい自転車はお休みにしたらどうなの」とか言ってな…。想像しただけで背筋が凍るようだ。
まあ今もお袋も父さんもまだまだ旅館の中を駆け回っているのに、俺だけ休んでいるだけありがたいのかもしれんけどな。一人きりの晩御飯を食べ終えて、手を合わせてごちそうさまを言ったあと、食器を片付けて風呂にでも入ろうと思った。本当は行ってはいけないが、自分の掃除した大浴場だ。久しぶりなのだから入っても構わんだろう。
「む?」
と思ったが、昼間に見たみょうじさんがまた同じく風呂の暖簾をくぐろうとしているのが見え、足を止めてしまった。
「あっ、東堂くん…えっと、こんばんは」
「おお、みょうじさん。また会ったな」
「そうだね、午前中もここで会ったし」
「…………」
「…………」
からの無言。お互いに特に話すこともなく立ち止まってしまったので、気まずい空気が流れた。
……いかんいかん!この東堂尽八が女の子につまらない思いをさせてしまうとはとんだ失態だ。とにかく、何か話してやらねば!みょうじさんもどうしたらいいか分からんような顔をしているではないか!
と思っていると、ふと昼間感じていた疑問が頭をよぎった。
「ん?みょうじさんはここでバイトをしているんだったな?」
「そうだよ?」
「こんな時間までか?」
「あー、今日の仕事の方はもう終わったんだ」
「?それならなぜ帰らんのだ?」
「住み込みでバイトしてるから?」
「住み、込み?」
「いちいち送迎バス使って帰らなくてもいいから楽かなって」
お袋はいつから住み込みのバイトなんか雇い始めたんだ…しかも俺のクラスメイトを実家が雇う日が来るなんて想像もしなかったぞ。それにしても可哀相なみょうじさん。お袋のあのスパルタのような命令に冬休み中ずっと耐えねばならんなんてな…。
ん?冬休み中?
そういえば昼間、みょうじさんは冬休み中ずっとここでバイトをすると言っていた。しかも、今の話からそれは冬休み中ずっと住み込みで家に帰らずここにいることになる。冬休みは当然お正月をまたぐ。すると、みょうじさんはお正月は家に帰らないということか?
「はっ…!まさかみょうじさん…」
「?」
「うっ…みょうじさん…!俺に出来ることがあれば、なんでも言うんだぞ?出来る限りのことはしてやれると思う…遠慮なく頼ってくれ!」
「東堂くん?」
一度考えてみるとどんどんみょうじさんがなんらかの家庭の都合で住み込みでお正月までもここで働くんだろうと思え、ここで踏み込んで聞くのは忍びないと思い口をつぐんだ。きっとみょうじさんには家族の元には帰りたくないという後ろめたい理由があるからここにいるのではないか?それを女の子であるみょうじさんに聞くのは実に忍びない。間違ってその傷口をえぐるようなことでもあれば男失格ではないか!おそらく涙なしでは聞けないような話なんだろう…。そう思ったら仮にもこの旅館の息子である俺にできることならなんでも協力してやろうと思った。今この瞬間も、もしかしたらみょうじさんの心は傷ついているかもしれない。
「俺は応援しているからな!」
「う、うん?ありがとう」
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