王者箱学といえども休みというものは存在する。
毎年インターハイ優勝、レースでは上位入賞となにかしら結果をわんさか残していると、周りからは毎日寝る間を惜しまず過酷な練習を積んで365日休みなんかないと思う輩もいるようだが決してそんなことはない。まあ、他の部活に比べれば圧倒的に休みは少ない方だし、ほとんどが寮生なので休みもなんとなく個人練習するのが多い。かくいう言う俺も寮生なわけだから、休日は一人で山へ走りに行ったり巻ちゃんに会いに行ったりする。なんだかんだで自転車漬けの日々だ。それが習慣化していることが恐ろしくも感じるし、それ抜きではもはや生きていけないとも思え笑えてくる。

しかし、こんな俺にも自転車に乗らない日というのが存在する。それが年末年始のお正月だ。
流石に我が箱根学園の自転車競技部も年末年始とお盆は必ず休みになるが、お盆は実家には帰らず寮で過ごしている。それにもかかわらず、年末年始だけは絶対に実家に帰るのだ。その理由というのは、お正月は寮母さんも警備員の人も不在となり寮が一時的に閉鎖されるためだ。
これだけ言うと俺がさも実家に帰りたくないように思えるが、実際実家に帰るということになると気が進まないのが事実だった。

「はあ……」

久しぶりに実家に帰ると言うのにため息をつく子供がいるだろうか。寮が閉まっている期間だけの荷物が入った鞄は軽めのはずなのに随分と重く感じる。
年末年始というのはどの旅館もホテルも混む時期だ。どうせこの扉を開けたらおかえりの次に手伝えと言われるのは分かりきっている。どうして俺の実家が旅館なのだろうかと思うのはこれが初めてではなかった。
しかし、ここで立ちすくんでいるわけにもいかなかったので玄関を開けてお袋に見つかる前にそそくさと自分の部屋に向かった。否、向かおうとした。


「あら、尽八おかえり!帰ったのね」

「あ、ああ、ただいま…」

「どうしたの、そんな顔して?せっかく久しぶりに帰って来たっていうのに」

「そ、そうだな」


こういうのはお約束というのか、うまくいけと願えば願うほどうまくいかないものなのか。いともあっさりと見つかってしまい、小走りで玄関の前を通ったお袋に見つかってしまった。俺の顔を見るとお客さんに見せる笑顔とはまた違う笑みで俺におかえりと言う。もはや俺にはそれが恐怖にしか感じなかった。


「じゃあ、帰ってきて早速で悪いけど荷物置いたらお風呂掃除してきてねー。ちょうど清掃の時間だから」

「くっ、これだから…」

「返事は?」

「わかった…」

「ほんとこの時期は人手が足りなくて足りなくてねーほんと困っちゃうわあ」


いつか言われることだとわかっていたことじゃないか…。それなのにこんなにも気落ちするのは何故なのだろうな。
お袋はそう言うとまた忙しなく動き始めてどこかへと行ってしまった。そういう時期なのだ。お客さんは多いのに人手が圧倒的に少ない。寝正月という言葉だったり、年末だけはお休みとかいう当然の社会の流れはここにはない。昔からそうだったので慣れてはいるが、このシーズンを乗り切った後の疲れは半端なかった。
また俺はため息をついてから、この家に生まれたからにはこういう宿命なのだとここは腹をくくり、気持ちを切り替えて荷物もろくに片付けないまま大浴場へと向かう。
しかし、掃除道具を手に取りさあやるかと暖簾をくぐる前にそこで俺は目を疑った。


「む?…みょうじさん、なのか?」

「えっ……東堂くん?」

「なぜこんなところにいるんだ?」

「えっ、なんでって…」

「あっすまんな、ここは旅館だった…みょうじさんも年末年始は泊まりに来たのか?」

「まさか!ちがうちがう!ほら、これ」


清掃中なのに男風呂のとなりの女風呂に入っていくのは誰だと見やったところ、そこにいたのはみょうじさんだったのだ。正直みょうじさんとは同じクラスといえども顔見知り程度で話したことはない。しかし、意外な人物に俺がじっと見てしまっていたためかみょうじさんも俺に気づき自然と俺は口を開いていた。
最初はここは仮にも旅館であるし、みょうじさんの年末年始はここで過ごすのかと思ったが、みょうじさんが持ち上げたものを見ると俺と同じ清掃道具。しかし、またなんでそんなものを。


「するともしかして、みょうじさんはここでバイトでもしているのかね?」

「うん、そうなんだ!冬休みの間だけね。えっと、東堂くんはなんでここに?」

「なぜって…ここは俺の家のだからな」

「……うん?」

「ここは俺の家なのだよ」

目を丸くしてあらかさまに驚くみょうじさん。たしかに、ここは箱根だが普段俺も寮にいる身だから知らなかったのかもしれん。

「い、いや、名前が東堂旅館だからもしかしてと思ったんだけど…そっそうだったんだ」

「まあ、年末年始くらいしか帰ってこないがな…」

「みょうじさーん!早くして!」

「はい今行きます!ごめんね、もう行かなきゃ!じゃあ、東堂くんまたね」

「あ、ああ、がんばってな」


慌ただしくみょうじさんは女風呂の暖簾をくぐって俺の前からいなくなり、俺だけがぽつんと廊下に残された。想定外のことにしばらくそのままぼうっとしていたが、そんなところにお袋がまた次の手伝いを言ってきてはっとした。バイトでここで働く学生は小さい頃からから見ていたからそう珍しくはない。しかし、みょうじさんは俺と同じクラスで同い年だ。そう考えると年末年始だというのに、みょうじさんはなぜここにいるのだろうか。
俺は首を捻りながら暖簾をくぐった。


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