「もう、行ってしまうのだな」

「うん、バスの時間もあるし」

「…………」

「やだなあ、たった一日だけだしこんな永遠の別れみたいな」

一晩中ずっと考えてみたのだが、すっかりみょうじさんは俺の生活の中に組み込まれているようで、たった一週間程度のことなのに一緒に生活してとても楽しかった記憶しかない。それにみょうじさんの存在と言うものがここまで大きくなるとは思いもしなかった。
だから、きっと明日一日はすごくさみしくなるということは分かったんだ。ごはんも一人で食べなくてはならないし、二人でなんとなく話しながら夜を過ごすこともない。それが毎年のお正月だったはずなのに、それに戻ると思うとかなしくもなってくる。
朝の一番早いバスに乗って実家に帰るというみょうじさんは、俺を起こすのが悪いからか何も言わないで帰ろうとしていた。理由を聞けば、

「昨日の夜言ったし、いちいち起こすのも悪いし、ね?」

と言った。俺は一晩中彼女のことを考えていたのだから寝ているわけがないだろう。それにそんな水くさいことをするんじゃないと言ってやりたかった。

そうだ、一晩の間にはたしてみょうじさんは俺のことをどう思っているのだろうかと考えてみたりもした。
俺は手を見るだけで考え込んでしまうし、みょうじさんを見るたびに動悸もする。では、反対にみょうじさんは俺と同じことになっていないのかと思ったんだ。もし俺と同じことに悩まされていたら?
しかし、昨日だって見るからに普通そうだったし特段変わった様子もないところ、俺は気の許した仲のいい友人程度なのではないかと思う。

「ちょっと早く準備しすぎちゃったかな…」

みょうじさんは腕時計を見て言った。

「急ぐ必要はないんじゃないか?別にもうちょっといてもいいんだぞ?ほら、お袋に顔見せてったりとか」

「だってお母さんが朝一で帰って来いって言うし、女将さんには昨日の夜に話したしね」

「そ、そうか…」

「でも、さみしいなあ…一日だけ、だけど」

「さみし、い?」

「冬休み入ってからずっと仕事してたけど、東堂くんが来てからすごく楽しかった。一人でやるよりずっと楽しいし。友達の家に泊まりにきたみたいな。いや実際東堂くんの家なんだけどね?」

「俺も、同じだ」

「そっか。うれしいな」

みょうじさんもさみしいと思ってくれているのは嬉しいが、俺の感じているものとはちょっと違う。みょうじさんの口からはっきりと『友達』と言われてずきりと痛んだ。俺の思っているのは友達と会えなくてさみしいのではないと思った。
というか、お正月に実家に帰らなかったのは親に追い出されたとかじゃなくて普通にお正月の暇つぶしのような感じだったことに内心安心した。

「あっ、もう行くかな、そろそろ時間だ」

「…おう、いってらっしゃい。親御さんによろしく伝えてくれ」

「行ってきます。ほんと、すぐ帰ってくるけど」

「何を言う。一日だけでもさみしいぞ俺は」

「ははっ、ありがと。じゃあ、またね」

さらっと別れの台詞を言って、一日だけだからとみょうじさんは身軽な格好で旅館の玄関を出て行った。俺もせめて見えなくなるまではと外に出て寒さに若干震えながら、みょうじさんが行ってしまうのを一人ぽつんと眺めていた。

その時、これが何かに似ているなとふと思った。
とうとうみょうじさんの姿が米粒ほどになり、地平線に消えてちょうど見えなくなって、その何かが思い浮かんだ。
まるで夫婦のようだな、と。

「そういう、ことだったのか」

それが頭の中に思い浮かんだ瞬間、俺が今まで悩んでいたことに決着がついた気がした。俺はみょうじさんが好きだったのだ。


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