「なあ、なまえ」

「…………」

「なあってば」


こんなのは私のつまらない意地だ。
手嶋はみんなにやさしくて、もちろん女の子にも平等にやさしい。かくいう私もそんな手嶋のやさしいところが好きになったのだけど、最近は人にやさしくしている手嶋を見るとやけに胸のあたりがむかむかしてきて見ていられない。私がこんな風に思ってることは手嶋はわかっていないんだろう。ただ私が何かに怒っているとしか見えてないんだろう。


「なにそんなに怒ってんだよ」

「…怒ってないよ」

「いや、明らかに怒ってるだろ」

「……ふん、だ」

「んー…困ったな」


手嶋は困った顔で頭をかいた。
彼は普段から人当たりがよくて、口も上手くて、そんなだから彼を嫌いなんて言う人は聞いたことがない。だから、そんな彼の人柄に当てられて周りの皆はやさしいんだ。だから、今の私みたいに理不尽に怒ってる人なんかいないんだろうな。なんで私なんかと付き合っているのか不思議になるくらいだ。


「なまえ、こっち向いて」

「…………」

「しょうがないな」


手を引かれて手嶋の胸に納まる形になると、後ろからぎゅうぎゅう苦しいくらいに抱きしめられる。でも、そんなんじゃ全然足りなくて相変わらずの無視を決めこんでいると、それを見かねた手嶋が耳たぶに唇を寄せて吸い付いてきたり、頬に鼻を擦り付けてきた。ほんのりとシャンプーの匂いが香ってくる。大分伸びた彼のくせっ毛が当たってくすぐったかった。なんだか、普段手嶋の周りに人がいるせいか二人きりでこんなにくっつくことが久しぶりに思えて素直にうれしいと思ってしまう。
はっ、流されてはいけない!


「どうしたんだよ…、俺なんかしたか?」

「……したよ」

「えっ、じゃあ、なんだろうな…なまえから借りたCD返してない、とか?」

「ちがう、でも早く返して」

「じゃあ、なまえの下駄箱に入ってたラブレター捨てたことか?」

「ちがう…って、ええ!?ラブレター!?」

「おう、入ってたから捨てといた」

「!?」

「いやー、今どき古典的だよな。俺も見つけた時は驚いちまった」

「そういうことじゃなくて!なに勝手に捨ててるの!」

「だって、余計な虫は排除しなきゃだろ?」

思わず振り返ってしまって、「やっとこっち向いた」と言った手嶋にウインクをされる。そのまま頬に手を当てられてもう逃げられなかった。皆にはやさしいくせして、私には少し意地悪な気がする。

「まあ、別にいいけど…」

「でも、それじゃなかったら…、最近かまってやれなかったことか?」

「………」

「図星か?」

「……ちがうし」

「素直じゃないな」

どうせ本当は全部わかってて知らないふりしているだろうなということはこの手嶋の顔を見たら分かりきっていて、そんな彼に何も言えない私も私だ。本当に彼はずるい人だと思う。



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