「…あぶないっショ!」

「っわ、っと…」

「ったく、お前な…」

「ありがとうございます…あぶないところでした」

「はァ…その様子じゃあ全然反省してないだろお前。…こっち歩け、危ないから」

「はーい」


なまえがふらふらしてるのはいつものことだが、度が過ぎるのは少し困ったもんだ。よそ見してて電柱にぶつかる、赤信号を渡ろうとするなんてことはしょっちゅうで、今だって歩道の淵すれすれを歩いていたせいで車道に落ちそうになった。危なかしいにも程があるっショ。けど、当の本人は笑ってなにも問題ないみたいな顔をしていて、楽しそうに歩道の淵を猫みたいに歩いてるような奴だ。反省もしないから、同じことを繰り返すんだろう。だから、こいつは俺が見てないといつか事故にでも会うんじゃないかと思う。
それでも、俺が注意すると素直に返事をして内側の方を歩く。それでも心配だから保険で手を握ってやると嬉しそうな顔をした。


「巻島先輩はいつも優しいですね」

「なまえが危なっかしいからっショ」

「大概いつも飽きられるんですけどねえ」

「まあそうだろうな」

「だから、うれしいです」


俺がなんでなまえのことを構っているのかと言えば、そういうなんの恥ずかしげもなく自分の気持ちをぶつけてくんのがうれしいんだ。確かに俺が見てないと危なかしい奴だけど、逆に裏表なくなまえは見た目そのまんまで、ふわっとしてて、それが表情にも出てる。今みたいな笑った顔が俺は最高に好きなんだよ。まあ、こういうことは絶対に口には出してやらねえけど。


「ふふっ、巻島先輩の家楽しみだなあ!」

(こいつ、絶対家に呼んだ意味も分かってねえな)

「あっ、広くてきれいだって小野田くんに聞きました」

「あー…別に普通っショ」

「私の家基準になってしまうのでどうでしょうね?想像するだけでも結構豪邸な気がしますけど」

「なまえの家基準だったらそれよりは上だなァ」

「やっぱり」

「それよりお前、なんで俺が家に呼んだのか分かってんのかよ…」

「え?グラビア雑誌見せてくれるんじゃないんですか?」


心の中でちげえよ!と叫んだが声には出ず、代わりに口からため息が漏れた。そうだった。ふわふわしすぎて身の危険の察知能力が乏しいんだったな、こいつは。俺がため息をついたわけも分からないような顔で俺の顔を覗き込んでくる。その顔が憎たらしくて少し睨むと、怯えもせずに楽しそうに笑っていた。
なんだよ、俺だけが緊張してるみたいじゃねえか。
俺の部屋に人を呼ぶことなんかそうそうねえから、慣れてないってのもある。けど、そこから何をしようかなんてことは少しくらい分かるもんだろ。男の部屋に女を呼ぶんだから。


「うわあ…予想通りの豪邸だったけど、それ以上でした…」

「こっちだ」

「っは、はい」

俺の家を見て一言感想を言って、俺の後をのこのこと着いてくる。それがかわいいんだか、ただの天然馬鹿なのか、なまえに呆れはじめたらキリがないのでさっさと玄関の鍵を開ける。先に俺が入ると、流石に少し緊張したのか目が泳いでいた。それでもまだ、分かっちゃいない。

「お邪魔します…」

「なあ、本当に分かってねえのか?」

「?何がですか?」

なまえがなんのためらいもなく、足を踏み入れて両足をそろえた瞬間、玄関の扉を勢いよく閉めた。

「巻島先輩?」

ようやくちょっと怯えてるみたいだなァ。でも、もう遅いっショ。



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