天気もいいので今日の体育は外で陸上になった。ただ単調に走るだけの時間になるのかと、運動自体もあまり好きではない私にとっては憂鬱なことだった。
そんな風に思っていただからだろうか。準備運動も含めての200mトラックを一周する段階で私は何もない所で盛大にすっ転んでしまい、その結果膝を擦りむいてしまった。グラウンドで転ぶと地味に痛い。地面に座り込んだまま膝を見ると、砂と血が混じっていて見ているだけでも痛かった。それを見かねた先生は血も出ているし、消毒も必要だということで保健室で休んでいていいと言ってくれたので、内心ガッツポーズをしたのは内緒にしておこう。


「うそだ…」


しかし、授業がサボれると思った私への罰だろうか。
授業中でしんと静まり返った校内を一人歩き、保健室に着くと扉には「出張中」との札が掛けられていたのだ。私は膝をさすりながら、心の中でベットでの優雅な睡眠とおさらばすることとなった。

「えー…保健室の先生おらんのかいな」

「っ、うわあ!びっくりした!」

「カッカッカ!そない驚かんでもええやろ?幽霊見たんやあるまいし」

ぼそりと呟かれハッとして隣を見ると、鳴子くんが隣に立っていて肩が飛び跳ねた。静かな所でいきなり音を出されたらそれはびっくりすると思うんだ。未だにどくどくと鳴っている心臓を抑えていると、鳴子くんが響く声で笑った。

「あー…いった」

「あっ、鳴子くんも怪我したの?」

「おう、サッカーしとったら靴でガッやられてん」

「靴でって…うわ」

私と同じように膝を擦っていたので彼の膝を見ると酷い有様だった。靴で引っかけられたらしいので血も多く出ていて軽くグロテスクな状態だ。私なんかよりも彼の方がいち早く手当をするべきだろう。

「大丈夫!?痛くない?」

「こんなん大丈夫や!…て言いたいとこやけど、血が止まらんのは勘弁してほしいわー」

「なんでこんな時に先生いないんだ…!」

「せやけど血止まらんだけで全然痛ないし、そんな心配せんでもええで?」

「だけど」

「ええねん、ええねん。舐めときゃ治るやろ」

舐めるって、そんなに皮がむけてて血がどばどば出てるのに、舐めただけで治るわけがないだろう。明らかに鳴子くんを見る限り強がっているのは分かった。目立ちたがりで私なんかにカッコ悪いところを見せたくないのは分かるけど、なにもこんな時まで強がって痛みを我慢する必要なんてないのに。私は何か手当てするものがないかと必死に考えた。

「っ!どうして忘れてたんだろう!」

「っ、どないしたん!?」

「鳴子くんちょっと待ってて!」

私は鳴子くんを廊下に残して階段を駆け上がって、教室へ走った。静かな廊下を走るとやけに足音がうるさく感じたが、そうも言っていられない。誰もいない自分の教室のドアを勢いよく開けて、私のバックを漁ると、やっぱり入っていた。

「よかった…!」

あんまり使うことがなかったのですっかり忘れていたんだ。いざ怪我をした時のためにポーチの中に絆創膏と小型の消毒液を私は入れていた。前に私が紙で指を切ってしまった時に友達が絆創膏をくれて、それで私も持つようになったのだけど使う機会がそこまでなく頭の隅に追いやられていた。実際これを取り出した時も消毒液なんかどれくらい前に買ったんだっけと思った。
けど、お目当ての物は無事見つかったので、また急いで鳴子くんの元に向かう。

「おっ、戻ってきた」

「っはあ、はあ」

「みょうじさんどこ行ってたん?めっちゃ息切れしとるけど大丈夫かー?」

「絆創膏と消毒液っ、持ってたの、っはあ、忘れてて」

なんかもう説明してる場合なんかではない。
保健室の前で座ってた彼の前でしゃがんで手当をさせてもらう。ガーゼはなかったからティッシュで我慢してもらおう。ティッシュに消毒液に染み込ませて膝に軽く当てる。いきなりやってしまったから、鳴子くんが飛び跳ねて「ぎゃっ!」と大声を出した。と、ここで授業中なのを思い出して顔を見合わせて口を閉ざしてきょろきょろと周りを見た。しーんと、何秒かそうしていても誰もくる気配はない。幸い誰にも聞かれてなかったようで、先生に見つかることはなかった。ほっと胸を撫で下ろすと、鳴子くんも同じことをしていたので今度は二人して笑ってしまった。

「カッカッカ!すまん!いきなりやったからつい大声出してもうた」

「私も何も言わずにやっちゃってごめん…」

「いやー、めっちゃ驚いたわ!血相変えて戻ってきた思ったら、いきなりこれやし」

「だってすごい怪我してたんだもん…あっ、まだ染みる?」

「あかん」

「えっ、ごめん、ティッシュで押さえてからにしようか?」

「みょうじさんも怪我しとるやん」

指で私の膝を指したので、私も見るとまだ血は止まってないし擦りむいたままだった。手当しなくちゃならないことに夢中で自分の膝のことも忘れていた。改めて見るとじくじくと痛みだす。

「そうだった…」

「そうだった…て!自分も怪我しとるのに俺のこと手当しとったんか」

「でもこれ擦りむいただけだし、そこまで痛くないから」

「〜っ!もうそれ貸しや!」

「あっ」

鳴子くんに消毒液とポケットティッシュを奪い取られて、今度は私の膝に当てられた。

「っ!染み、る」

「みょうじさんて、案外阿呆やったんやなあ」

「ははは…ホントに忘れてた」

「…ったく、おおきにな」

このまま大人しく鳴子くんに手当をされてお揃いの絆創膏が膝に残った。



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