やばいやばいやばい。
朝は都合よくチャイムが鳴ってよかったけど、私の顔今どうなってるんだろう。今やってる数学の公式も先生の喋ってることも全然頭に入ってこない。
うぬぼれても、いいんだろうか。私の今思ってることは、はたして本当に正しいんだろうか。
はっきりとは言ってないけど、あの巻島くんが耳まで真っ赤にさせて焦ってたのは見たことなくて、勘違いしてしまう。いや、もう私の中では話なんか勝手に進んでしまっている。そんな自分が馬鹿らしいと思うと同時に、気恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてきた。

レースで自転車に乗る巻島くんを見てから、普段めったに見ることもないスポーツだったっていうのもあって、どんどんと自転車に興味が湧いてきた。だってあんなに近い距離でかっこいい姿を見せつけられたら、興味わかないわけないと思うんだ。目をつぶるとまだあの歓声につつまれながら表彰台に立つ巻島くんが想像できる。最高にかっこよかった。家に帰ってなんとなくパソコンで自転車レースのことを調べたりしてぼーっと見ていたら、直接聞いた方が早いんじゃないかって思えてきて休日明けの月曜日に巻島くんにいろいろと知りたいことを聞いてみると意外にも気さくに答えてくれた。
怖い人じゃないっていうのはなんとなく分かってきてたけど、自転車のことだと彼も話しやすいんだろうな。本当になんで今まで話してこなかったんだろうと思うくらい自然に話せて自分でも驚いたくらいだ。ひとつひとつに丁寧に答えてくれて、たまに皮肉まじりの冗談も言うし、全然優しいよ。所詮見た目だけで人は判断できないってことだと実感した。

それで仲良くなってるうちに、巻島くんがどんな人かって言うのがはっきり見えてきて、そうすると巻島くん指細いとかまつげ長いだとか細かいところまで見えてきて、…あれ、これは普通のことなんだろうか。

とにかく、もし仮に。1%くらいの可能性の話でだ。巻島くんが私のことが好きだと、そういう意味で朝言ったのなら、私はどうすればいい。このままなあなあに流れて、この話はなかったことに…なんていうのもありえるが、私はなにしろ早とちりなので巻島くんが本気で言ってきているとどうしても考えてしまう。
ちがう。そう思いたいんだ、きっと。人に好きだなんて言われるのなんてこの人生の中で全くといっていいほど、ほとんど無いに等しかったから、もしそう言われたらうれしくてたまらないんだ。
問題なのはそれが巻島くんだから、うれしく思ったのかってことなんだと思う。私は他の誰かにも好きだと言われたら、こんなにうれしくなるんだろうか。でも、そんなの確かめようがない。そんなすぐに私のことを「好きです」って言ってくれる物好きがほいほいいるわけじゃないから、それがすごく困るんだ。


「…突然なんだけどさ」

「うん、なに?」

「ちょっと私に好きって言ってみてくれませんか」

「は?どういうことよ」

「いいからいいから…お願い」

「ええ…うーんと、まあ、いいか…あー、なまえ好きだよ」

「うん、やっぱりだめか」

「だから、どういうこと?」


巻島くんとお互い気まずい空気のまま昼休みなって、逃げるようにして教室を出て友達とごはんを食べているわけなんだけれども。物は試しということで、ひとつわたしに好きだと言ってもらった。
けど、同姓だからか友達だからか嬉しいとは思うけど、そこまでどきどきするようなことはなかった。まあ、それはそうか。だからと言って男友達に言ってもらうわけにもいかないしなあ。困ったものだ。


「まあ、理由は聞かないでやってよ」

「ふふ、意味の分からないことを人にやらせておいてそんなことできると思う?」

「…無理だったね」

「観念しなさい」

「うーん…でも、本当にまだ仮定の話…妄想の話だから、話すのはちょっとできないかな…ごめん」

「つまりはそういうことがあったってことね?」

察しがいい友達を持って私は幸せだ。何も言わずとも分かってくれるんだもの。今まで友達と話していても頭の中が巻島くんでいっぱいであまり箸が進まず、いつの間にかぼうっといていたから不審に思うところはあったのかもしれないけど、そこを感じ取ってくれるんだから私は涙が出そうだよ。

「ご察しの通りです」

「ふーん、ついにそういうこと言う奴が出始めたか…」

「ついにって、そんなに私のこと好きな人なんていないでしょうよ」

(気づいてないのね…みんな不憫だわ)

「どうすればいいの…」

「まあ、くわしいことは知らないけど…考えなしに付き合うのだけはやめなさいよ?」

「それは、わかってるけど」

「その人のことを自分がどう思ってるか考えて考えぬくことね」

「おお、流石です」

「普通よ」

「でもね、仲良くなってからまだ日が浅くてそれがよくわからないんだ…」

「?日が浅いって…もしかして巻島くんのこと?」

「っぅえ!ま、巻島くん!?う、うーんと、それは違うんじゃないかな!なんでそう思ったの!?」

「……そうなのね」

「いや、だから」

「今更白を切るつもりなの」

「……はい、すみません。けど、なんで分かったの?」

「だって最近巻島くんと仲良くなった―ってよく話してるじゃない」

「そんなにですか」

「そんなによ。なまえにしてはうれしそうによく話すわ」

「そう、かな」

「ま、これがヒントになるかは分からないけど?……あっ、そろそろチャイム鳴るから戻るわね」


自分ではまったく意識してなかったことを、こうやって人に話すと見えてくるものだなあと思った。やはり持つべきものは友である。無意識でそんなに喋ってたっけ。ううん、と頭を捻ってみても所詮無意識なんだから思い出し様がないけれど。携帯を開いて時間を確認すると、たしかにそろそろ昼休みがおわりそうだったので、お弁当の中身がまだ半分も残ったまま片づけてもやもやとした気持ちのまま私も自分の教室に戻った。

私の席の方を見ると巻島くんはいつかのように伏せて寝ているようで、これまたいつかのようにびくびくしながら教室に足を踏み入れる。そういえば、巻島くんとやたらと目が合うって、こういうことだったのかな。もしかしたら前々からそういうことがあって、その気持ちから目を逸らしてきたのかもしれない。はたして、彼はいつから私のことを見てくれたんだろう。

「みょうじさん」

私が自分の席に座ると、背中をつつかれる。

「放課後、空いてる?」

ついこの間のようなノリで言うんだもの、私はその言葉に頷くことしか出来なかった。



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