巻島くんに誘われてきたものの、自転車レースっていうのはどういうものなのか、まったく勉強しないまま会場に来てしまった。とりあえず開催場所の峰ヶ山に着いてきょろきょろと辺りを見回すと、目立つ看板とテントで買い物できるブースが立ち並んでいたので、迷って遅れて見れませんでしたという事態にならなくてほっと胸を撫で下ろした。
バスケとかサッカーとかと違って観客席がないから、巻島くんが事前にここで見るのがいいとおすすめしてくれた理由が分かる。それにしても、こんな坂を自転車で登るってちょっと、いや、ちょっとどころじゃなくしんどそうだなと思って山を見た。それなのに巻島くんってすごく細くて、そこまで筋肉ついてるように見えなかったのに、本当にこんな山登れるんだろうか。相当筋肉必要そうだけど…。
まあ、自転車の知識なんてかけらもない私にとやかく言えることではないので、さっそく観戦場所へ歩き始めた。


「…声ってかけていった方がいいのかな」


その途中に参加者用テントが目に入って、ふとそんなことを思ってしまった。やっぱり誘われて見に来たわけなんだから応援してるからね!くらい言った方がいいのだろうか。でも、巻島くんに面と向かってそう言う自分を想像すると、なかなか足は動かなかった。
ぶっちゃっけ、まだこのレースのお誘いから一言も喋ってないような仲のままで、私の中の巻島くんは少し印象が変わったものの相変わらずちょっとだけ怖い。だいたいテントに行ってきてただ声かけるだけっていうのもどうなんだろうと思ったりした。他の部活なら差し入れの一つでも持って頑張ってね!くらい言えたものなんだけど、今回は何を持って行ったらいいかも分からなくて本当に手ぶらで来てしまったんだ。
腕時計を見て見ると、スタートまでは時間がある。きっと巻島くんはあの中でスタートに向けて精神統一でもしてるんだろうな。そんなところに入っていってもいいのだろうか。


(でも応援されるのは誰だってうれしいって言ってたな)


もんもんと立ち止まって悩んでいると、そんなことをどっかの部活の友達が言ってたのを思い出した。部活の仲間からじゃなく他の人から応援されるっていうのは心強くて、だって部活の仲間は自分を応援してくれるのは当たり前だけど、他の人にとっては自分がどう頑張ろうとどうでもいいことなのに、それでも応援してくれてるっていうのが嬉しいんだよ、と。妙にこの言葉がなるほどと私のなかにすっと入ってきて、それから応援するのも楽しくなってきたんだっけ。そう思ったら、差し入れも持たずに申し訳ないけど、一言くらいちゃんと届く距離で応援してあげたいと思った。


「…みょうじさん!?」

「あ、こ、こんにちは〜」

「お、おォ…、てっきりもう観戦場所に行ってるもんかと思った」

「いや、なんというか、その、お邪魔だったでしょうか…」

「…そんなことねえヨ」

「うん、と」

参加者以外は長居してもあれだし、テントに一歩入って巻島くんを目で探していると、ありがたいことに彼から声を掛けてもらって安心する。しかし、こうやって巻島くんとこんなに至近距離で立って話すのは初めてで、声も上から聞こえるしこんなに背が高いものかと思った。それにもうレース用のユニフォーム?に着替えていて、普段の制服姿違って本当にスポーツしてる人なんだなあとじろじろと見てしまった。細くて長い手足で、黄色いジャージに玉虫色の髪がよく似合っていた。下が膝丈だから実は太ももにすごく筋肉もついていたのも分かる。

はっ、しまった…気が付いたら巻島くんを無言状態にしていた…。絶対なんだこいつと思われてるよ!さっさとなんか言って立ち去るべきだ!
けどあわてて何か言おうとしても口からはなにも出てこようとしなかった。なんでこう、すっと言えないんだろう。頑張れ?おや、頑張るのは当然だ。応援してる?そりゃここに来たんだから分かってるだろう。ああ、なんて言えばいいか分からない。ここで無理矢理にでも何か持ってきてたらなあと本当に後悔し始めた。


「えっと、あの、なんだろ…」

「…………」

「頑張れ?いや、違うな…えっとね」

「…みょうじさん」

「…っはい!」

「来てくれて、ありがとな」

私がもたもたしてたら巻島くんが、頭を掻きながらそう言ってくれた。何やってんだ私は。スタート前で集中してるときに気を遣わせて、とにかく何でもいいから言えばよかったのに。

「巻島くん!」

「なんショ」

「あの、こんなのですがささやかながらも応援してるから!かっこいいところ見せてくださいね!」

もう、なんで敬語になってんだろうと自分で言いながら恥ずかしくなってしまった。私がいきなり声を出したからか巻島くんはクハッと笑っていた。そんな風に笑われると顔が熱くなってくる。顔を見れないでいると、「おう」とだけ返ってきてやっぱりいい人なんだなあと再確認した。

そしていよいよレースが始まって、ゴール少し前の登りで待機していたら、巻島くんが一番最初に見えてきて、しかも独走して私の前を駆け抜けた。それは本当に一瞬のことで、レース中にこの一瞬だけしか見れないなんてもったいないと思うくらいだった。自転車をしならせながら、ものすごいスピードで登っていく。他の部活を応援してたときと同じ昂揚感だ。この時の巻島くんも必死な顔で頑張っていた。
その一瞬を見逃すまいと目を見張っていたら、巻島くんとちらっと目があった。その瞬間自然と名前を呼んでしまったらちょっとだけ笑ってくれたような気がして不覚にもどきっとしてしまったのは秘密にしておこう。

「優勝は総北高校・巻島祐介選手!」

表彰台に乗った巻島くんはお世辞じゃなくとてもかっこいいと思った。



もどる


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -