「うるさいねん」



白石の眉間に皺が寄った。


「イライラしとるんや、話かけんといてくれるか」


いつも女子に見せる笑顔の面影もない。
まるで別人のようだ。
言っておくが俺は何かしたわけではない。もちろんの事だが白石を不快にさせるような事をした覚えもない。
そんなことをしようものなら俺の顔が顔ではなくなってしまう。
しかし本当に俺は何もしていないので、心配だった。











「せやけどな、白石…俺かて心配やねん…。完璧主義やから、どっかで道間違って、白石が辛い思いして苦しいんとちゃうかなあって思て…俺がなんかしとんなら、謝るし…」




俺は白石が心配だった。
白石は何事もパーフェクトにこなしてしまわないと納得がいかない性らしく、度々その性格のせいで自分自身を苛立たせている。
俺はそんな白石に肩の力を抜いて欲しかった。






「せやからな?俺と一緒に美味しいもんでも食べに行こうや。」



なんでも食べに行ってもエエ。今なら納豆も頑張って食うたる。
せやからそんな苦しい顔せんでや。
俺がそう言って白石の肩に軽い気持ちでぽんと手を置くと、勢いよく弾かれる音がした。




一瞬何かと思たら、弾かれたんは俺の手やった。








「…触んな気持ち悪い!話しかけんな言うとるやろ!なんでそんなんも分かれへんのや!俺はお前のそういう物分かりの悪い癖に良い子ちゃんな所が嫌いやねん!!」




「…し、らいし……」



白石の眉間にくっきり刻まれた皺はまるでそのまま固まった石膏像のようで、敵意をむき出しにされた瞳がぎらりと光った。
俺は良い子ちゃんな所なんてないと思っているし、物分かりも良い方だとは思う。(あくまでも俺自身が思っていることだが)
だが、白石は俺の物分かりの悪い所が嫌いらしい。
白石があの時言ってくれたあの優しい言葉が、嘘のように俺の頭の中で崩れ落ちる。
繊維がポロポロと解れてばらばらになっていくように、好きや の一言は見る影も無く消えてしまったのだ。



「ほんまに、そうやねん…」  




「…白、石…?」



「いっつもいっつもそうや…お前だけ涼しい顔して通り過ぎよって…ほんで二人になった途端猫みたいに機嫌変えるんや…」



「ちっ、違…白石!」





「気安く俺の名前を呼ぶなや!!この偽善者!!」



弾かれた俺の手がひりひりと痛い。相当な力で叩かれたのかもしれない。
白石は真っ赤になった俺の右手を一瞥してから、俺に目を向けた。
大して悪びれた様子も無く大きく舌打ちすると、「よう考えてから俺に口聞け、このドアホが」と一言残し教室を去っていった。
誰もいなくなった11時55分の教室。ああ、次は移動教室だった。
俺は叩かれた右手をゆっくり撫でながら、科学の教科書とノートをまとめ足早に教室を後にした。












遅刻しそうになりながらも始まった授業。端の席で機嫌を悪そうにしている白石が気になって、仕方がない。
俺は同じ列の3つ隣に座っていてちらちらと白石を横目に見ているが、白石は俺すらおろか他のクラスメイトにも目を合わせたりはしなかった。
いつもは近くにいる女子に作り笑顔をビラ配りのようにばらまいているというのに、人を寄せ付けないオーラを醸し出している。


なんで手を叩かれてしまったのか、罵声を浴びせられたのか、大きく舌打ちされたのか。
白石を知らないうちに不快にさせていたのなら今すぐにでも謝りたい。俺自身には覚えが無いが、白石の機嫌が直るなら謝ること位容易いことだった。
そう考えていると、不意に白石の視線が俺を突き刺した。


「ぁ、しら……」
「…スミマセン先生、忍足クンが気分悪いみたいなんで保健室に付き添いに行かしてもろてもエエですか?」
「…は!?」


違うと言おうとすると、白石が俺に「お前はなんも言うな」と、ギロリと視線を光らせたので、俺は縮こまるように黙った。
科学の担当である若い女教師は傍から見たら爽やかなイケメンの白石に甘いので、白石をべた褒めしながら俺と白石に保健室に行く許可を出す。
「優しいわね」だの「さすが白石君ね」だのと言っているが病人(一応)である立場の俺の心配はないのだろうか。


白石に手首を捕まれながらドアへ行く途中、クラスメイトに色々声を掛けられたが、俺は申し訳なさそうに「すまんなぁ」としか言えなかった。








無言のまま手を引かれ廊下を突き進む。白石は俺の方は見ず、少しだけどこか楽しそうに俺の前を歩いている。
「し、白石…、手首痛いねんけど…」
「ん、ぁあ、スマン」
機嫌が直ったのか、白石はあっさり俺の手首を解放してくれた。
が、次の瞬間俺の掌(てのひら)にはイケメンでクールな外見とは裏腹に異様に熱い、白石の手。

そう、こいつは俺の掌を握って歩いているのだ。
何も言い返せないまま呆然と熱いその手を握っていると、白石の手の力がますます込められた。

「いっ…白石、痛いて…!」
「何事も我慢やで」

「せやけど、力込めすぎや…!」

ぎゅう、と締め付けるように握られた俺の手は蒼白そのもの。
指先に少しずつではあるが血が溜まり、じんじんする。
「もうちょいの辛抱や、我慢しいや」
「っつ…早よ離してな…」
掴まれたままずんずんと歩き、階段を降りた白石は保健室への道とは大きく逸れて、さらに歩く。
「……白、石?」





「…さ…てと、お楽しみのショーの始まりやなぁ、侑士クン?」


「な…に…」





立ち止まって中へ入る。
少しつんとしたようなそれ特有の臭いが染み付いたその場所は、俺のあまり好きでは無い場所だ。

所々水の散っている薄汚れた水色のタイルに、水垢の付着した大きな鏡。
壁にはうっすらと落書きの跡が残っている。

俺と白石の他に誰もいない、人気の少ない所のトイレだった。
むわっとした暑さにますます不快感を覚え、白石に訪ねる。
「自分、何のつもりなん…」
「何って、イライラしとるからお前を殴ろうと思ってんねん」
「は…?」
白石が変わったやつだとは分かっているが、流石にこれは理解出来ない。
…まるでジャイアンやないかい。
ジャイアンに負けず劣らず傲慢な白石は俺を見てにっこり笑った。

形の良い薄い唇が歪んだ瞬間、俺はこの世の終わりに近い恐怖を感じた。


「なぁ…俺、侑士の事好きや…」
「は…何言うて…」
「誰にも、取られたくないねん…」
「白石…?」
「せやけどお前はなんも分かってへんなぁ、ほんまに」
溜め息をついて首をゆっくり振り、白石は俺にじりじりと近づく。
白石は俺がこういう言葉に弱いことを知っている。いくら腹が立っていても、怒っていても、俺は白石にこう囁かれるとどうしても弱くなってしまうのだ。きっと俺は白石に惚れていると思う。
「俺、さっき言うたよな…物分かりの悪い奴は嫌いやって」
「お、おん…」
「せやから今から分かって貰うわ。心配せんでも見えん所にしか傷付けへん」
「ちょ、え…待っ…」
「俺ってホンマに無駄のない男やろ?」
白石は自分を誉めると、俺に最高の笑顔を向けて腕を振り上げた。










あれからどれ程殴られただろうか。腹や腰がずきずきと痛い。
白石は笑顔のまま去っていった。
見事に見えない部分に傷を付けられた俺は少し気を失ってしまっていたようだ。
情けないが、抵抗なんて出来やしないと思ってしまった俺はされるがままに殴られていた。
腹、背中、足を重点的に殴られたようで、立ち上がるのに苦労する。


「なっさけないわ、俺…」


足に力を込めようと踏ん張ると、泣きたいわけじゃないのに、ぽろぽろと目から落ちる涙。
違う、俺はこんなことで泣きたいんじゃない。こんなんで泣いてたらこの先涙に溺れて死ぬわ。

「ふっ…っぅ、…なん、やねん……」

痛い?情けない?悔しい?悲しい?
もうどうして泣いているのか分からない。いつのまにか一人ぼっちで、痣まみれで、もうごちゃごちゃになって、何がなんだか分からなかった。
白石、ごめんな、俺ほんまにアホやんな。物分かり悪くてごめんな。俺は自分の事物分かりがエエと思っとったんや。でも俺はホンマに白石の全部が分かれへんねん。どうしてそんな怒ってんのか、俺を殴ってんのか、さっぱりやねん。

謝りたいけど、謝れへんねん。



頬に張り付いた涙を拭って歩き始めると、不意にケータイが震えた。

ポケットから取りだし着信を知らせるバイブレーションを確認すると、表示していた文字は「白石蔵ノ介」の五文字。
恐る恐る通話ボタンを押すと、少しだけ不機嫌そうな白石の声が聞こえた。



『ああ、侑士』


「…なん、やねん」


涙声になるのを堪えつつ応えると、白石は少し鼻で笑って「泣いとんか、お前」と呟いた。
誰のせいでこっちが泣いとると思ってんねん。

『侑士、お前、ジェラシーって知っとるか?』

「…嫉妬?」

『せや』

いきなり何を言い出すかと思えば、ジェラシーって知っとるか?の一言。嫉妬と言えば良いものを、格好よく見せたいだけにしか聞こえない。

「それが、なんやねん…」

『俺はな、嫉妬深い人間やねんな』

「…?」

『せやからお前のええかっこしぃで八方美人な所見てると、イライラすんねん』

「じゃあ、なんで…なんで俺をぼこぼこにせなあかんねん…そんなんせんでも、俺に言ってくれたら済む話とちゃうんか…」

俺を殴っていたのはきっと白石の嫉妬だった。
人当たりのいいキャラを演じている俺が気にくわなかったのだろう。
だが、それで俺を殴るのは理不尽だ。
泣くほどキツい思いをしてこうして電話に出れば意味の分からないカミングアウト。正直、いい加減にして欲しいと思った。

「そんなん、俺はイヤや…確かに…俺が悪いと思う…けど…理不尽すぎるやんか…」


俺が震えた声でそう言えば、白石は「ははっ」と笑い飛ばし、それから舌打ちをした。




『…理不尽?何がや。お前が全部悪いやろが。嫉妬させたんもお前やろが。何を被害者面しとんねん。まあ殴ったのは俺が悪いかもしれんわ、せやけどなあ、これが俺なんや。』



「白、石…」



『今、俺の事むっちゃ傲慢やと思うとるやろ?…俺は傲慢や。お前がなんと言おうと、俺は俺や。その辺よう考えとけや。…エエな、お前の全部はな、俺のモンやからな!』


「なんっ…白石…っ!」

反論しようとすると、ブツッという音と共に俺達の通話は途切れた。




白石はどうしようもない。


傲慢で、理不尽で、そのせいで俺は何度泣かされたことだろうか。
だが、俺はこの白石に恋をしている。殴られても、罵声を浴びせられても、俺は白石が嫌いになれない。白石のたまに見せる優しさに、どうしても心が浮いて、ぬか喜びして、白石の恋人でよかったとか、そういう甘い事を考えてしまうからだ。ロマンチストもいいとこだろうが、俺は白石の全てが分からなくて、それからどうしようもなく好きだ。 


ああ、この世に神様というものが存在しているのなら、聞いて欲しい



「白石を嫌いになるには、どうすればエエんやろか…」 



そんな事を呟いた俺は、また白石に、惚れてしまった。





『加速する感情にブレーキはいらない』



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楽しく書かせて頂きました!久々の蔵侑なので口調があやふやですが、私のイチオシのCPです。白石だけの感情が加速しているように見えますが忍足も白石にどんどん傾いています。辛いなーと思うけど、それでも白石が好きな健気な侑士が好きです。
企画に参加させて頂き本当にありがとうございました!
 
もふ
 
 
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