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コートのポケットに両手を突っ込んで、憮然と睨み付けた。通路を挟んで向かいに立っている金髪にサングラス、バーテン服なんて悪目立ちするにも程がある男を。
半目でじっとそちらを見ている自分は、他の通行人からして見ればとんだ不審者に映ることだろうが、そんなことは知ったことじゃない。俺は俺の目的を果たしているだけであって、決して通行の邪魔はしていないのだから別に気にしなければいいのに。
折原臨也はそう云う人間だった。

それにしても、と臨也は息を吐く。
自分の前ではちっとも可愛げのある顔をしないのに、あの男ときたら上司にはデレデレである。懐いているし名前にさん付けだし、第一キレない。事ある毎にキレられている臨也からしてみれば、物凄く面白くなかった。
分かりづらいかもしれないが、臨也は彼が、平和島静雄のことが誰よりも好きだった。
普段顔を合わせれば死ねだの地獄に落ちろだの云っているが、それは静雄が云ってくるからだ。静雄が少しでも自分に対する態度を軟化してくれたりしたら、少しでも好意を見せてくれたりしたら、その時は全力で彼に愛を告白する覚悟はできていると云うのに。
全くシズちゃんは男心が分かってないんだから。

ぶすくれて足元に落ちている小石をえいやっと蹴って気を晴らそうと試みる。……まあ、当然無駄に終わった訳だけれど。

(つまんない。つまんないよシズちゃん、折角俺がわざわざ池袋まで遊びにきてあげたんだから気付いてよ! いつもの不必要なまでの俺感知レーダーは何処に行ったのさ!)

コロコロ転がっていった小石から顔をあげて、もう一度静雄を睨み付けてやろうとして、臨也はピシリと動きを止めた。止めた、と云うよりは止めざるを得なかった、と云う方が正しいかもしれない。
何せ臨也が顔を上げた先には、静雄の上司が静雄の髪に乗った葉を取って笑い、それに恥ずかしそうに照れ笑いを返す静雄、と云う図があったのだから。
ギリリ、と拳を握り、臨也は心中で叫び声を上げる。

──ずるい! なんだっけシズちゃんの上司、田中太郎じゃなくて田中、田中トム! ずるい! 俺だってあんまりシズちゃんの髪に触ったことないのにって云うかあんな笑顔向けられたことなんて一度もないのに! ずるい! 俺だってシズちゃんにあんな顔されたいのに、ずるい!

臨也がいっそ、視線で人を殺せるのではないかと云わんばかりの目でトムを睨み付けていると、静雄が未だ照れたような顔をして何処かに歩いていくのが見えた。
トムがそのまま通路にある花壇の縁に腰を下ろした所を見ると、自販機にでも向かったのだろう。当然、投げ付ける為ではなく飲み物を買う為に。

臨也は今しかないと咄嗟に思った。
静雄に気楽に触れるは、無意識にか知らないけれど甘やかすはするあの男に、静雄は誰のものであるか知らしめてやらなくては。
人当たりのいい笑顔を貼り付けてトムの元へと歩いていき、臨也は至って爽やかに声を掛けた。


「初めまして。こうして話をするのは初めてですね、シズちゃんの上司さん?」

「お? あ、ああ。ええっと、静雄が毎回毎回追っ掛けてる……」

「わあ、覚えていてくれたんですね、嬉しいなあ。はい、そうです。俺は、折原臨也と申します。以後お見知りおき下さい」

「ああ、はい……分かりました」

「いい人そうで良かった! シズちゃんの上司さんってどんな人なんだろうと思っていたけど、あの怪物の上司やってるなんて勿体ない位一般人ですね!」

「……なあ、お前さん本題はなんなんだ?」


臨也がにこにこと世辞(にも実際なっていないのだけれど、)を述べている途中でぶつ切るようにして、トムが訊いてくる。
この男、バカな訳ではないようだ。さすが、あの静雄の手綱を上手く取っているだけのことはある。
けれど、臨也はそれがもう、恐ろしいまでに気に入らなかった。
バカだったならこのまま笑顔で騙し通して、静雄に一切関わるなと誓わせてやれたのに。そうしたら裏の人間でも雇って、約束を破ったからですよと静雄に関わったその日に半殺しにでもしてやれたのに。
こう云う、知恵のある人間は嫌いではない。けれど、静雄の傍には置いておきたくなかった。
あのおバカさんなシズちゃんが変に小賢しくなったらどうしてくれる。

臨也は今まで浮かべていた笑顔を消してスゥ、とトムを見据えた。相手が愛している人間だろうと関係ない。
取り敢えず、この男は気に入らなかった。


「──本題? 嫌だなあ、分かってるんでしょ田中トムさん? 俺が云いたいのは、」


「シズちゃんに関わらないでってことだけだよ」


「アレはずっと前から俺が目を付けてたんだ。アンタみたいな、何の変哲もない人間にどうこうできる相手じゃないんだよ。分かってんの?」

「だから触らないで。話し掛けないで。情なんか掛けないでくれる? 愛されたがりのシズちゃんが変な錯覚起こしてアンタに告白でもしたらと思うとゾッとする」


「アレは、俺のだ」


──ご理解いただけましたか?
臨也がそう問い掛けるよりも早く、何か嫌なものを感じてさっと身を屈める。
案の定、頭があった場所を豪速球のようなスピードで──いや、最早弾丸レベルだ、あんなもの──缶コーヒーが飛んでいった。

と、云うか。飛んでいった先には、田中トムが居る訳なんだが。

そのトムは「おお?!」と声を上げると、キャッチャーよろしく両手を構えて咄嗟に缶コーヒーを受け止めた。ばちぃッ! と、なんだかとんでもない音がする。
骨は大丈夫か。うっかり心配してしまう程にそれは物凄い速度だった。
後ろから「ああっ!」と声が上がる。


「ってッめ、臨也なに避けてくれてんだ! トムさんとこまで飛んでっちまったじゃねぇか!」

「いやシズちゃん、俺の所為じゃないよね。あんなものを人を殺す勢いで投げるシズちゃんの方に明らかに非があるよね」

「うるせぇ黙れノミ蟲! それよりトムさん、大丈夫っすか。俺、ものすげぇ全力で投げちまって……」

「あー、平気だ、多分。ちっとヒリヒリすっけどな、」

「マジすか。医者とか行った方が「それよりって何さ、シズちゃんのバカ!」


静雄の言葉を遮るようにして叫んだ臨也に、静雄の口元が引き攣る。
バカって云ったな、この野郎。
そう云いたげな静雄を睨め付けて、臨也は尚も叫ぶ。


「シズちゃんがバカ以外の何物だって云うんだよ! やっと俺を見たと思ったらまたアイツの心配なんかしてさ、俺のことも心配してよ! 俺だって仕事終わって徹夜できたんだからね?! 分かる、丸二日寝てないんだよ俺! シズちゃんに会いたくってきたのにさ、」

「──は? いや、そんなこと、分かんねぇよ」

「分かれよ! シズちゃんのバカ! 俺だってシズちゃんの笑顔見たいし、もっとシズちゃんに触りたいし、シズちゃんと普通に喋ったりしたいのに! なんだよ、アイツばっかりじゃんシズちゃんなんか!」

「っ、? ぇ、ぁ、い、いざ、や?」

「なんでそんなにバカなのシズちゃん、ああもう、俺ばっかりだ! この鈍感! 早く死ねよ!」


云うだけ云って、臨也は静雄に背を向けて走り去った。
云ってる時は良かったけれど、ヤバイ、調子に乗ってバカバカ云い過ぎた。間違いなく殺される。
臨也は全力で走りながら、静雄のぽかんと此方を見てくる顔を思い出して、ああやっぱり好きだなあ悔しいけど、と独り言ちた。




「──おーい、静雄。追っ掛けっこはしねぇのか、今日は」


未だ走り去った臨也の背を見つめたまま突っ立っている静雄に声を掛ける。静雄は頬を赤くして、ぇ、とか、ぅ、とか云っていた。
おーお、動揺してらぁ。
トムがそう心の中でだけ呟くと、静雄の拳がぎゅ、と握られる。
怒ったように眉を寄せて、静雄は唸った。頬は、赤いままで。


「あ、いつ……訳分かんねぇことばっか云いやがって……っつーか云うだけ云って居なくなってんじゃねぇよ、人の話ぐらい聞いてきやがれバカ!!!」


いーざぁーやぁぁー!!!
勢いよく追い掛けていった静雄の後ろ姿を見送ると、トムは手にした缶コーヒーを開けた。
あの黒い兄ちゃんでもやきもちなんて妬くんだなあ。人間離れした素振りしてっけど、まだまだ若いわ。
トムは口元だけで笑うと、コーヒーを呷る。そしてぱちりと目を瞬いて、今度こそ顔全体を使って笑った。

──静雄、ブラックっつったのに、カフェオレ買ってきやがったな。


「ははっ、甘ぇー」


トムは呟くと空を仰いだ。
池袋は、今日も平和だ。






長閑な昼下がりに今日も
追い掛けっこといたしませんか。




(臨也っ、てッめ、待てよ!)
(! シズちゃん上司さんは放っといていいの?!)
(後で謝る! っつーか、なんだよ、今日帰んの早ぇんだよバカ!)
(はぁ? 知らないよそんなの!)
(俺碌に手前の顔見てねぇんだぞ?! 振り向けこの野郎、っ! あっぶね、急に止まんじゃねぇよ!)
(……シズちゃん、)
(ぁんだよ)
(──降参。好きです、だから余所見しないで下さい)
(! あ、ぁ……と、か、……考えておく)
(本当?嘘云っちゃ嫌だからね、俺だけ見ててくれなきゃ嫌だからねシズちゃん!)

(だいすき!)







nino.のそらた様に頂きました、素敵相互記念小説です^^!!
もう臨也がかわいくてかわいくて…(^P^)!はあはあ
やきもちってすごいいいと思います。萌え!
とっても素敵な小説ありがとうございました^^!
これからもよろしくお願いします><




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