さよならモラトリアム | ナノ


▼ 端緒

男の子だらけのアイドル科にプロデューサーとして入るのは少し不安だったけど、隣のクラスにも女の子がいると聞いて安心していた。

「あんず。私名字名前。名前って呼んでね」
「えっと、名前ちゃん…よろしくお願いします」

実際に会った名前ちゃんは可愛くて、あと少し尖った雰囲気があるから緊張しちゃって、上手くお喋りが出来なかった。
初対面で失敗してしまっただろうかと落ち込んでいれば、明星くんが「名前はフレンドリーに見えて意外に壁作ってるんだよね」と言っていた。「でも友達想いの子なんだよ。あんず、友達になってあげてよ」と言われ、友達になってもらうのは私の方では…?と思いつつも、見かけたら声をかけるように頑張っていた。

「あの…今度の名前ちゃんの衣装、私に作らせてもらえないかな?」
「ごめん…衣装お願いする人決まっちゃってて」
「そ、そっか…図々しくてごめんね」
「そんな事ないんだけど!」

名前ちゃんは物怖じしないタイプらしいけど、私に対してはいつもどこか遠慮がちだった。腫れ物を扱うように、男の子達相手みたいにハッキリと物を言ってくれないのが、ちょっと寂しかった。

そんな考え事をしていたからだろうか。街に買い出しに出た時、少しガラの悪いお兄さんにぶつかってしまった。そして運の悪いことに、お兄さんは飲み物を持っていて、ぶつかった拍子に溢れた飲み物がお兄さんの服を汚してしまったのだ。

「どーしてくれんの?」
「あの…!すいません!クリーニング代お出しします!」

私の制服も少し汚れてしまった訳だけど、そんな文句を言える雰囲気では無かった。凄んで来るお兄さんに対して、頭を下げることしか出来ない。道行く人は関わりたくないと言わんばかりに、こちらを見ないようにしていた。

「君、高校生でしょ?今お金持ってるの?」
「えっと…少しなら」
「足りないなら身体で支払ってくれてもいいよ」
「え…?」

ガッと、肩を掴まれた。身体でって…そういう事…?まさか私みたいな平凡な女子がそんなトラブルに巻き込まれるなんて思ってもみなくて、竦んで動けなくなってしまった。

「人がいないところに行こっか?口でいいからさ」
「っ…」

『口で』が何を示しているのか分からない程、子供じゃない。到底そんなこと出来る気がしなかった。かと言って財布の中は心許ない金額しか入っていない。学校に連絡する余裕も与えてくれそうにない。
掴まれた肩が引き寄せられそうになって、怖くて目を閉じた。

「ねぇ何?私の友達離してくれない?」

聞こえて来たのは知ってる女の子の声で、でもこんなに低い声はなかなか聞いたことなかった。…いや、天祥院先輩と話してる時は、こんなトーンだったかもしれない。

「その人あんずの知り合い?そんな風には見えないんだけど」
「名前ちゃん…!」

名前ちゃんだった。私に対してはいつも愛想のいい笑顔を向けてくれてる名前ちゃんが、眉を釣り上げてお兄さんを睨んでいた。

「君、この子の知り合い?君可愛いし、代わりに君が身体で払ってくれてもいいよ」
「は?」
「ま、待ってください…!」

プロデューサーとして、アイドルをトラブルに巻き込む訳にはいかない。
何とか自分1人の力で解決しなくてはと、必死で頭を回転させた。

「…身体で払って欲しいなら代わりに払うけど?」
「こっちの子のが話分かるじゃん」

名前ちゃんを吟味するように舌舐めずりしたお兄さんにゾッとした。絶対にそんなことはさせたくない。

「ねー、ドラケン!なんかこの人身体要求して来るから、私の代わりに遊んであげてよ」
「あ?…ったく、トラブルに首突っ込みやがって」

けれど、名前ちゃんが大きな声で『ドラケン』…さん、というお友達?を呼べば、空気が変わった。

「んで、オレのダチに何の用?」
「うっ…あの、」

高身長で頭に刺青が入っている屈強な青年の突然の登場に、お兄さんはあっという間に萎縮していった。

「てかあんずの制服も汚れてんじゃん。そっちこそクリーニング代払ってくれる?」
「へ?あの…」
「ナルホド。そーゆーことね」

名前ちゃんに呼ばれて渋々現れた『ドラケン』さんは、状況を理解してくれたらしい。ボキボキと指を鳴らし始めたドラケンさんに、お兄さんは震え上がっていた。

「オニーサンちょっとオレと遊ぼうぜ?」
「す、すいませんでしたー!」

お兄さんは財布から雑に1万円を取り出すと、私に押し付けて走って逃げていった。呆気ないものだった。
ドラケンさんは呆れたように「ダセェやつ」とため息を吐いていた。

「大丈夫だった?」
「うん…ありがとう」
「ドラケン見て秒で逃げてたね」
「うるせー」

この人は…?という顔をしていたんだろう。名前ちゃんは笑って紹介してくれた。

「これ友達のドラケン。ガラ悪いっしょ」
「テメーもガラ悪いだろうが」
「どこが?清純派だわ」
「どこがだよ!?」

怖そうに見えるけど、そこまで悪い人では無いのかもしれない。ドラケンさんは『大丈夫だったか?』と穏やかな声色で心配してくれた。何となく鬼龍先輩を彷彿とさせる人だ。

「で、この子は?」
「隣のクラスのあんず。また困ってたら助けてあげてよ」
「リョーカイ」
「えっ、えっ、そんな…!」

今回助けてもらえただけでも充分過ぎるのに。そもそも、また迷惑をかける機会なんて無いと信じたい。

「気にすんな。ダチのダチが困ってるなら手ぇ貸すよ」
「流石オカン」
「オカンじゃねぇんだわ」
「オカンは三ツ谷かぁ」

ドラケンさんと名前ちゃんのやり取りを見て、私よりもずっと友達っぽくて羨ましいと思ってしまった。友達というよりは兄と妹、の方が近い気もしたけど。

「コイツ女子に対しては謎のコミュ障発揮するけど気にせず話しかけてやってくれよな」
「ちょ、バカバカ…!」
「これでもアンタとのやり取りで結構一喜一憂してるんだぜ?」
「もー!どっか行ってよ…!」
「そ、そうなの…?」

恥ずかしそうにポカポカとドラケンさんを叩く名前ちゃんの姿は、なんというか、新鮮だった。
それに私とのことで一喜一憂してくれてるのは意外だった。

「色々あってさ、女子と友達になんの及び腰になってんだよ」
「色々…?」
「そこら辺、名前から直接話してもらえるような関係になってくれたらなって思ってるぜ」
「ドラケン喋り過ぎ…!」
「オマエは喋らなすぎ」

ドラケンさんは名前ちゃんにデコピンすると、「先行くわ」と笑って言ってしまった。

「あんにゃろ…」
「仲良いんだね」
「うーん…親友の、好きだった男だしね」
「そうなんだ」

好き『だった』ということは、今は好きでは無いのだろうか。なんとなく聞いてはいけない雰囲気を察した。

「…あんずは好きな子いる?」
「い、いないよ!?」
「本当〜?氷鷹とか仲良さげじゃん」
「そりゃあクラスメイトだし…!」

はぐらかす為のフリだったのかもしれない。でも、ちょっと普通の女の子友達っぽい会話が出来て嬉しかった。

「好きな子出来たら教えてね」
「あの、名前ちゃんも、教えてね」
「あはは!…うん、今度相談乗ってね」
「いるの!?」
「まだナイショ!」

ナイショってことはいるのかな?
誰だろう。凛月君とか仲よさそうだけど、そんな感じでもないし…

「じゃあ私行くね。また学校で」
「あっ…うん!」

バイバーイと手を振った先には、さっきのドラケン君と…何人かの男の子がいた。その中の金髪ツーブロックの男子に、名前ちゃんは飛びついていた。

「好きな子ってあの子なのかな…?」

名前ちゃんのこと、可愛くて、でも少しだけ近寄り難いなって思ってたけど、思っていたよりもずっと普通の女の子なのかもしれない。少なくともドラケンさんと話していた時の名前ちゃんは、普通の女の子だった。

「しかし名前ちゃんの友達、ちょっと怖い感じの人が多いな…」

ある意味普通では無いかも。鬼龍先輩とも仲が良いみたいだし…

名前ちゃん、もしかして元ヤン?



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