▼ 寂寥
一目見た瞬間、あー…絶対この人昔ヤンチャしてたなって分かった。だから関わらないようにしてたんだけど、本当に偶然、2人きりになってしまったタイミングがあった。
「嬢ちゃん見覚えあるぜ。『マイキー』の女だろ」
「…違います。てか何でアイドル科に元ヤンがいるの?」
「テメェだってそうだろ」
「私は不良じゃないもん…!」
不良と仲が良かっただけで、不良じゃない。
断じて。
「なんかの抗争の発端は嬢ちゃんだって聞いたぜ。なんつったっけな。チーム名は忘れたけど、嬢ちゃんに手を出そうとした奴を叩きのめす為に東卍が抗争起こしたとか」
「それは初耳なのですが」
「不良の間じゃあ、『名字名前に手を出すな』っていうのは常識だったからなぁ」
「待ってそれも初耳なのですが!?」
当人の知らない間に謎の常識を不良界隈に蔓延らせるの勘弁して欲しい。本当にマイキーとは付き合ってない。そりゃあ幼馴染みたいなものだし、それなりに仲は良かったけど、あくまで友達としての位置を保っていたはずだ。
「じゃあ彼奴の片想いだったのか」
「………」
でもマイキーは私のことが好きだった。それは知ってる。
私はその気持ちになかなか応えられないまま、結局マイキーはいなくなってしまった。
「タケミっち。こいつ名前。」
ある日、マイキーは私にタケミっちを紹介してくれた。マイキーのお気に入りなんていうからもっと厳ついのを想像してたけど、会ってみたらなんてことない、喧嘩の弱そうな普通の男の子だった。
「はじめましてっす…!えっと、マイキー君の…?」
「オレ、名前のこと好きなんだ」
「へ…?えぇ!?か、カノジョってことすか!?」
「ううん。片想い」
「ええええ!?言っちゃっていいんすか!?」
今思い返せば、こんな風に誰でもかんでも言いふらしてたんだから、そりゃ誤解されるよなって。
「マイキーから話は聞いてるよ。私達タメだから敬語いらない」
「あっ、そうなんだ…可愛いからてっきり歳上かと……」
「名前に手ぇ出したらタケミっちでも容赦しねぇけど」
「オレにはヒナがいるんでッ…!」
マイキーの正面からの好意に対して、私はどう応えればいいのか分からなかった。マイキーも答えを求めて来たりはしなかった。
「名前、タケミっちがシンイチローに似てるからって惚れるなよ」
「どこが?」
最初はどこがシンイチロー君に似てるのか全然分からなかった。
分かったとしてもタケミっちのことは友達としてしか見れなかったし、ヒナと上手くいって欲しいって気持ちしか湧かなかったけど。
「オレ…名前ちゃんにはマイキー君の気持ちに応えて欲しいなって思ってるっす」
ボロボロのタケミっちは、いつだかそう言ってた。
─名前はオレよりも万次郎との方がお似合いだと思うけどなー
昔のシンイチロー君の言葉を思い出した。少し前まではこの言葉にすごく傷ついていたけど、この時はそうならなかった。
あれ?
私、あの時なんて返したっけ…
「東卍は解散したんだってな」
「色々失っちゃったから」
「俺も…くだらねぇ喧嘩してる間に大切なもん失っちまった事があるから少しは分かるぜ」
ポン、と優しく頭を叩かれた。下心を一切感じさせない、暖かい手だった。
「安心しろ。言いふらしたりする気はねぇよ。困った事があったら言え。元ヤン同士のよしみで助けてやる」
「だから元ヤンじゃないってば」