さよならモラトリアム | ナノ


▼ 憧憬

私がまだ小さかった頃、従兄弟のことを『けいちゃん』と呼んでいたら、揶揄われた事があった。

「けいちゃんって名字、場地のこと好きなの?」
「別に…けいちゃんは従兄弟で、昔から一緒にいるから……」

揶揄って来たのは、けいちゃんと一緒に通っていた空手道場の師範のお孫さんの佐野君だった。お孫さんの佐野君と言っても2人いる。私の1つ歳上の万次郎君と、11歳上の真一郎君がいて、私を揶揄って来たのは『万次郎君』の方だった。

「別に場地のことは好きじゃないんだ?」
「うん…」
「シンイチローは?」
「え?」

『万次郎君』こと、後の『マイキー』は、時たま謎の目敏さを見せてくる事があった。

「す、好きじゃないもん…」

嘘。本当はシンイチロー君のことが好きだった。初恋だった。本当のことを言ってマイキーに更にからかわれるのが嫌で、あの時の私は嘘をついたのだ。

「ふーん」

多分マイキーは、この頃から私のシンイチロー君に対する気持ちに気がついてた。

「じゃあオレのことも『まーくん』って呼べよ」

何が『じゃあ』なのか。文脈が全く分からない提案ではあったけど、マイキーはこの頃から言い出したら聞かない性格で、私が『まーくんと』呼ぶまで譲らないのは目に見えてた。だから大人しく従うしか無かったのだ。

「まーくん?」
「うん。オレも名前って呼ぶから」
「う、うん…」

マイキーの耳がほんのり赤かった意味を、当時は察することが出来なくて。
私はひたすらシンイチロー君を見つめてた。シンイチロー君を見つめてる私を、マイキーが見つめてたなんて、全然知らなかったのだ。

「今日から俺『マイキー』になる」

エマが佐野家にやって来て、『まーくん』は『マイキーに』なった。皆がそう呼ぶからドサクサに紛れて私もそう呼んだら、酷く不機嫌になられたのを覚えてる。

「名前は『まーくん』でいいじゃん」
「うーん…」

そうは言われても、周りがマイキーと呼ぶのにつられて、結局私もマイキーと呼ぶ癖が抜けなくなった。成長してお年頃になった時には、無駄に周りの目を気にして『けいちゃん』のことも『バジ』と呼ぶようになっていた。バジはああ見えて複雑な女心を理解してくれていたのか、呼び名を変えた私に対して何も言わなかった。それでもバジが私のことを『名前』と呼び続けてくれてる事が、密かに嬉しかった。

「ねぇ名前、昔みたいに『まーくん』て呼んでよ」

シンイチロー君も、バジも、エマもいなくなっちゃった後、マイキーは時折そうやって私に甘えて来た。

「今更そう呼ぶの恥ずかしいよ」
「何も恥ずかしくねぇよ」

マイキーは言い出したらきかない性格だ。若干の羞恥心と戦いながらも「まーくん」と呼べば、宝物を見るように私を瞳に映して笑うマイキーが…好きだった。

いつの間にか、好きになっていたのだ。








「…まーくん」
「は?俺!?」
「はぁ?」

意識が覚醒して目の前に現れたのはデコっぱちだった。でもマイキーじゃない。クラスメイトの衣更真緒だ。回らない頭で必死に状況を整理する。
私は今、高校2年生。夢ノ咲学院アイドル科の2年B組に所属。極度の寝不足により6時間目をまるまる寝過ごしていたところで、衣更に起こされたのだ。

「気持ち良さそうに寝てたわねぇ」
「あー…机で寝るの頭痛い」
「でしょうね。ちゃんと夜に寝なさいよ。肌荒れするわよ」

私に対してプリプリと小言を言っているのは嵐ちゃんだ。夜更かしは美容の天敵らしい。夜遊びが好きな私は夜型なので、昼型に身体を慣らすことになかなか苦労していた。

「で、課題は終わってるのか?委員長の俺が集めることになってるんだよ」
「課題…?ああうん。出来てる」

課題とは。何故アイドルを目指したのか、それを完結的に文章にまとめろというものだった。論文というには軽く、作文とはまた違う。コラムのようなもの。アイドルとして、いつかインタビューされた時の練習なのだと。流石はアイドル科。手厚いことで。

「そういえば名前って何でアイドル目指してるんだっけ?」
「んー?」

前の席の、私と同じく寝ぼけ眼な凛月が、振り返って私のシートを覗き込んで来た。

「【勝手にどっか行った馬鹿の視界に意地でも入り込みたいから】…?」
「そ」
「馬鹿って誰?王様?」
「王様が理由なら時系列おかしいでしょ」
「確かに」

最後まで読まれる前にシートを裏返して衣更に渡した。目の前で読まれるのはちょっと恥ずかしい。

「ね〜、馬鹿って誰のこと?」
「ナイショ」


2年前、全てが終わった後に消えた馬鹿の顔を思い出す。タケミっちがあんなに頑張ってくれたのに、皆を守るだのなんだのって言った癖に、勝手に消えた、最後まで身勝手で馬鹿な男。

─なぁ…、名前は居なくならないよな?─

「…マイキーの方が居なくなっちゃったじゃん、馬鹿。」

こうなったら有名になって、意地でも視界に入ってやるってる決めたんだから。



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