さよならモラトリアム | ナノ


▼ 序章

「ち〜くんはさぁ、もっと積極的に行くべきだと思うよ」
「…オイ。まさか『ち〜くん』ってオレのことか?」
「そうだよ?」

朔間凛月。名前の元クラスメイトで、現人気アイドルだ。そんな奴がオレの経営する店にフラッと現れて『話をしようよ』なんて言って来たから何かと思えば、余計なお世話過ぎる話だった。
少し早めに店を閉めて、バックヤードに入れてやったっていうのに、こんな話をしに来たのかコイツ。

「最近…ここ数年やっとさぁ、名前が昔のこと話してくれるようになったんだよ」
「へぇ…」
「話してもらえたところで何も出来ないんだけどさ」

ということは、バジさんやエマちゃん、シンイチロー君というマイキー君の兄貴の話とやらも、コイツは知ってるのだろうか。

ふと、名前と初めて話した日を思い出した。オレと名前は中学1年のクラスが一緒で、それが初対面だったはずだ。あの時から名前はずば抜けて可愛くて、でも人見知りなのか、1人で大人しく座っていた。
入学してから1週間が経ったくらいだろうか。昼休みが終わると名前の髪がバッサリと乱雑に切られていたから、何事かとクラスが騒ついた。

「ねぇ、バリカンとか持ってない?」
「も、持ってるけど…」
「貸して」

それがオレと名前の初の会話だった。何故オレがバリカンを持っていたかというと、刈り上げてる部分が伸びて気になったから、学校のトイレで調節するために持って来てた。

「オマエ…その髪どうした?」

ここまで来て触れないというのも不自然だろうから、クラス中が気になっていた事をオレが代表して聞いてやった。

「なんか知らない先輩にいきなり切られたから、今からこのバリカンでやり返して来る!」
「おいおいおいおい!?」

そんなに気が強い女だったのかよこいつ、と当時は驚いたが、今思えばそれくらいしそうな気の強い女なんだよなとため息しか出ない。髪を切られた理由は「可愛いから調子に乗ってる」とかチープなもので、女の世界は女の世界でおっかないなと苦笑いした。
15分ほどでバリカンを返しに来た名前は『ありがと。すっきりさせてやった』と晴れ晴れしい笑顔の後、職員室に呼ばれていった。その後3日間の自宅待機になっていて、不良のオレよりも早く伝説を作るんじゃねぇと的外れなことを思った記憶がある。
名前の地獄の中学エピソードはこれで終わりではない。自宅待機があけた後、名前の仕返しによってボウズにされた先輩の彼氏とかいう男が、学校に乗り込んで来た。オレはどうしたものかと考えていれば、乗り込んで来た男を場地さんがボコボコにし始めたからめちゃくちゃ驚いた。

「こいつはオレの従兄妹で、妹みたいなもんだ!また変なことしたら女でも容赦しねぇってしょーもない彼女に言っとけ」
「そうだったんすか!?」

それまで誰も知らなかった衝撃的事実が発覚した瞬間である。
に、似てねーーーーー!!!と思ったのはオレだけでは無いはずだ。いや、場地さんはめちゃくちゃカッケェんだけど、名前は美少女だったし、顔の作り全然ちげぇ。

「バジ、迷惑かけてごめん…」
「あ?つかお前、イメチェンとか言ってた癖に切られたのかよ。早く言えよ」
「自分でやり返せたもん」
「そういうとこオレに似てるんだよな」

何がすげぇって、これでこの話は終わりじゃなかった。この時場地さんにボコボコにされた男はどっかの暴走族に属してたみたいで、チーム引き下げてお礼参りしに来たのである。だがしかし、場地さんだって東京卍會の壱番隊隊長だ。

それに加えて…

「名前の髪切ったやつの彼氏ってどいつ?」

何故かやる気満々で現れたのは、東京卍會総長のマイキー君だった。

「オレの女の髪切っておいて生きて帰れると思うなよ?」

は?オレの女…?え、名前が?マイキー君の彼女ってことかよ!?と次々明かされる事実に衝撃を受けていれば、ドラケン君が「オーイ名前はお前の女じゃねぇぞー」とやんわり突っ込んでいた。どうやら片想いらしかった。片想いであれ、名前が発端として抗争が起こり、そして東卍は1つのチームを呆気なく潰した。

「何てことしてくれたの」
「だって許せねぇじゃん。名前の髪切るとか」
「よくないよ!クラス中の誰とも目が合わなくなったんだけど…!」
「おー、変な男が近づかなくなって丁度良かった」

その真実はどこからか学校中に回り、名前は浮きに浮きまくる結果となったのだった。





「ちょっ……やめ、俺の腹筋が死ぬっ………!」
「これで爆笑出来るあたり名前の友達としての適正あるよ、オマエ」

思い出した話を朔間に話せば、泣くほど爆笑していた。普通はドン引くんだけどな。なんならオレは当事者ながら若干引いてたぞ。

「ふー…ちょっとやめてよ。真剣な話しに来たんだから」
「あ?先にふざけたこと言い出したのはそっちだろ」
「ふざけてないもーん」

確か名前は朔間のことを『千冬と凛月はそんな合わないと思う』と言っていたけど、その通りだった。朔間の方がそんなのお構い無しにグイグイ来るけど。そういう変に無神経なところのおかげで名前もコイツに心開けたんだろうなって思うと許せなくもない。

「テレビつけていいか?」
「いいよ」

会話の間が気になってしまうので、適当なテレビをつけた。隣にいる朔間凛月が登場中のバラエティが放映せれていて、改めてすげぇなと顔を見てしまった。

「…名前の話なんだけどさぁ」
「おう」

さっきまでゲラゲラ笑っていた朔間だが、ようやく本題に入り始めたようだ。

「最近なんか思い詰めてるよね」
「何に思い詰めてるかは知らねぇ」
「あれ?そうなんだ」

ただ、そうなったきっかけなら知ってる。反社の抗争に巻き込まれかけて気絶した、というあの日から、名前は何かを考え込んでいた。そして未来のタケミっちが戻って来るのを待っていた。戻ってきたタケミっちに聞けば何か分かるかもしれないと思ったが、本人に聞いても何も知らないようだったからお手上げだ。

「俺じゃあ名前を止められないからち〜くんに話すんだけど」
「知ってんのかよ」
「兄者がねぇ…未だに色んな話に耳ざといみたいで」

兄者とは朔間零のことだろうか。高校時代、結構世話になった人だと名前からは聞いている。

「どうやらキナ臭い話に巻き込まれてたみたいで」
「はっきり言えよ」
「…半グレ企業に名前が襲われかけたって」
「はぁ!?」

思わず立ち上がる。テレビからは場違いなガヤガヤとした笑い声が響き渡っていた。

「それを助けたのが梵天っていうやばい反社みたいでさぁ…ち〜くん達、昔は暴走族だったんでしょ?心当たりある?」
「梵天?あのテレビでやってるヤベェ組織だよな」
「そう」
「知ら─」

…いや、心当たりならあった。確証は無いけど。
今何をしているのか分からず、反社になっていそうで、かつ、名前のピンチに駆ける可能性がある人を、オレは知っている。そしてもし本当にその人が名前を助けたのなら、病院で目覚めた時のあの名前の様子も、最近思い詰めているのも、全て納得出来る。

「あるんだね」
「ああ、」
「これ話してる俺も結構ヤバイから、話せないような話なら話さなくていいよ」
「………」

最近、一虎君が何かを嗅ぎまわっていた。タケミっちとコソコソしてるのにも気がついてた。
十中八九、この話と関係あったんだろう。

「俺はただ真実が知りたいとかそういうんじゃなくてさ…ち〜くんだけだと思うから」
「何がだよ」
「名前を止められるの」
「………」

オレに出来ることなんてない。オレは今の関係が崩れるのが怖くて、14年もの間『好き』とも伝えられずにいた、ただの臆病者だ。

「俺、名前のこと好きだからさぁ。あ、友達としてね」
「…おう」
「幸せになって欲しいんだ。それで名前の結婚式にサプライズでライブして、名前を号泣させるのが俺の野望だったり」
「ちっせぇ野望だな」

最初に朔間を見た時、よくもこんなにベタベタして来るのを名前は許してんなと思ったけど、こういった部分で救われていた面が大きかったのかもしれない。あの時の彼奴にとっては、少しくらい強引に距離を詰めてくれる奴が必要だった。
そして今の俺にも、こうやって背中を押してくれる奴が必要だった。

「告白しないの?」
「そう簡単にはいかないんだよ」
「何で?好きって伝えるだけで、名前は幸せになれるよ」

元東卍の皆はマイキー君のこともあったから、オレの気持ちを察していても軽はずみな発言は出来ないようだった。
マイキー君を知らない朔間は、オレ…というよりも、ただただ名前の味方だった。

「ち〜くんがそうやって伝えれば、名前はもう思い詰めたりしないよ。危ないこともしない。自分に何かあったら、今度はち〜くんが不幸になるって、ちゃんと考えられる子だから」

ねっ、と朔間は笑った。朔間と場地さんは全然似てないのに、何故か場地さんの笑顔を思い出した。

『千冬…もしマイキーが名前を傷つけるような事したら、その時はオマエがマイキーから名前を奪えよ』
『な、何でそんな話になるんですか!?』

場地さんはオレの恋心を見抜いていて、でもマイキー君の味方もオレの味方もしなかった。あの人はずっと名前の味方だった。

「と、名前の友達兼、自称お兄ちゃんは思うのです」
「名前の兄貴分は場地さんだけだっつの」
「バジスケね」
「バカ、それは猫の方だよ」

そういやコイツも留年して同じ学年になったんだっけか。それ以外に共通点ねぇけどな。

「告白するかぁ〜」
「お!頑張れ頑張れ」
「発破かけたんだから失敗してもどうにかしろよ」
「え〜?そこまで責任取れないなぁ」

どっちかと言うと弟キャラっぽいんだけどな。面倒見が悪そうでいて、意外にも面倒見がいいように感じた。

[速報です…!]

いつの間にかバラエティは終わったようで、番組と番組の間の短いニュースが始まった。簡易的なサイレンのような効果音が鳴っており、何かしらの非常事態が起こったのだろうかと、オレも朔間も自然にテレビに視線が釣られた。

[ただ今、アンサンブルスクエア所属の人気アイドル、名字名前さんの遺体が発見されました。]

どうせどこぞの政治家が汚職を起こしただの、どっかの国で災害があったのだの、オレにとっては遠い話が始まるのだと思ってた。

「は…?」
「今名前って、」

なのに聞き覚えのあり過ぎる名前が聞こえ来て、心臓が口から出るんじゃないかと思うくらいドクドクし始めた。

[名字名前さんは銃で撃たれた形跡があり、救急車が到着した際には既に死亡していたとの事です。名字名前さんを殺害したのは、反社会勢力『梵天』と見られ…ただ今続報が入りました!え〜、名字名前さんを殺害したと見られる反社会勢力『梵天』のリーダー、佐野万次郎の死亡が、現在確認されたとの事です!また、その場には都内ビデオショップの店員、花垣武道さん26歳男性の射殺体も確認されており、警視庁は3人の関係を調査している最中です。]


この未来が正解なのだと、何をもって思い込んでいたんだろう。



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