さよならモラトリアム | ナノ


▼ 本懐

もうすぐ未来のタケミっちが戻ってくる。
タケミっちが戻って来たら、マイキーに会ったことを伝えて、それで…



「あっ、頼まれてたやつデータで送っておいたから」
「頼まれてたやつ…?」
「友達の結婚式の余興で歌う曲作って欲しいって言ってたじゃん!」
「あっ、ああ!…ありがとう」

頼んでた。おまえの頼みだから結構頑張って作ったんだぞ!と頬を膨らませるレオ君に、ごめんごめんと謝った。
レオ君とは、まぁ…色々あって気まずい期間もあった。でもある日、『おれ、名前のこと好きだった。でも今は大丈夫だから』と突然告白され、『避けててごめん。仲直りしよ』と謝られ、あまりの素直さに頷いてしまった。この素直さを見習いたい。
昔ほど仲が良くしてるかと聞かれればそこまでじゃないけど、2人きりでも気まずくならない程度には関係も回復している。

「最近結婚ラッシュだよな〜。Knightsはそんな空気全然無いけど」

ヒナちゃんの幸せそうな顔を思い出した。『もうすぐ未来のタケミチ君と会えるの』と、はにかんだ笑顔はとても可愛かった。大変な想いを沢山した2人だから、これからは幸せになって欲しい。

「ヒナちゃん、」

もうすぐ結婚して幸せになれるはずのタケミっちを頼ってもいいの…?

きっとタケミっちのことだから、私が知ってることを全て話せばマイキーの為に頑張ってくれる。例え自分の結婚式が控えていようとも。
今のマイキーに関わるのはどう考えても危険だ。信じたくないけど、平気で人を殺していた。そういう組織に属していた。

「名前?」
「ごめん。最近忙しくてボーッとしてた」
「…なんか思い詰めてないか?リッツも心配してたぞ」
「大丈夫。本当に」

2人も幸せを軽率に奪えない。
1人でどうにかしなきゃ。

私はどうしてマイキーが皆の前からいなくなったのか知らない。突然ドラケンに『マイキーのことはもう忘れろ』と言われて、それっきりだったのだ。高校時代に1度だけ、マイキーらしき人からプレゼントが贈られて来たことがあるけど、それもマイキーからだという確証は無い。

「レオ君はさ、タイムリープ出来たらいつに戻りたい?」
「おっ?…タイムリープいいな!一曲浮かびそうだ〜!」
「いやそうじゃなくて」

レオ君は過去に戻りたいとかそういう願望は無いんだ。眩しいな。
私は欲張りだから、シンイチロー君が死ぬ前に戻りたい。それで全員が死なない未来を作りたい。
でもそんなこと出来ないって分かってるから、せめて今のマイキーだけでも救い上げたいと思ってしまうのだ。




「名前ちゃん。オレ、マイキー君を探してるんだ」
「そうなんだ…ごめん。マイキーとは私も10年以上会ってないんだ」
「そっか」

タケミっちが戻ってきた。タケミっちは私が何も言っていないのにマイキーを探してくれてた。皆が諦めてしまったマイキーのことをまだ諦めないでいてくれるタケミっちが、とても心強かった。

「ねぇ、12年前のマイキーってどんな感じだった?」

私はもう思い出せない。
人を殺すマイキーを見てしまってから、私の中のマイキーは、痩せ細って、クマがひどくて、銀髪で、この世の苦しみを全て抱え込んだような、あの生きてるだけで辛そうなマイキーしか脳に浮かんで来なくなってしまったのだ。

「カッコ良かったよ!」
「…!」

でもタケミっちは、マイキーのことをまだそうな風に言ってくれるんだね。

「12年後には名前ちゃんと結婚しててやるって、どっちが早く結婚するか競争だとか言われちゃったよ」
「そう、なんだ…」

タケミっちにとっては、マイキーがいる日々ってほんの数日前のことなんだもんね。少なくともタケミっちの中では、マイキーは東卍総長の、カッコいいマイキーのままなんだね。

「その勝負、タケミっちの勝ちだね」
「あはは…でもオレ、マイキーに会えたら伝えていいかな?名前ちゃんが会いたがってたって」
「…うん」

早くしなきゃ。タケミっちよりも先にマイキーに会わなきゃ。
何も知らぬ顔をしたまま、タケミっちと別れた。ヒナちゃんを不安にさせないようにね、と釘を刺したつもりだけど、彼は真っ直ぐな人だから止まらないだろう。

タケミっちは一虎に協力してもらってるらしい。一虎がどこまで知ってるかは分からないけど、私ももたもたしてられない。タケミっちより先にマイキーに会うなら、もう手段を選んでられない。

「…だからって俺に言われてもなぁ」
「ママならマイキー達の連絡先も知ってるんじゃない?」
「どんな仲なのやらとは思っていたが、名前さんがまさかあの梵天の首領と幼馴染だったとは」

私が拉致されたあの日、迎えに来てくれたママなら何かを知っているはずだと詰め寄った。ママにもリスクのある話で申し訳ないけど、もうこれしか手はないのだ。

「向こうが俺の存在を知っていて、どこからか俺の番号を調べて連絡してきたんだ。その番号もとっくに解約されてるだろう」
「だとしても、その『どこからか』について、心当たりくらいはあるんじゃないの?それだけでもいいの。教えて」
「『無い』と答えさせてもらう」

ママの口を割らせるのは簡単じゃない。ママはおろか、私にもメリットどころかデメリットしかない話だ。そう簡単に口を割ってくれるとは思ってない。

「じゃあ私、SNSにマイキーの過去の写真を上げる」
「おいおいおい!そんなことして何になるんだ?」
「キナ臭い連中が私を狙って来て、それで私が危険になればまた助けに来てくれるかもしれない」
「はぁ…それじゃあ君を迎えに来いといったあの首領殿も報われないだろう。ESにとっても大ダメージだぞ?」
「もともと天祥院が嫌いだからそこは別に。真面目にアイドルやってる子達には悪いけど」

そうならない為に、まず先にママに頼んでるの。と、駄目押しすれば、ママはワシワシと頭を掻いていた。
ママはトロッコ問題で、大多数を救う派だと推察している。そこまでママに好かれてる感じもしないし、ES全体が不幸になるのと私だけが危険になるのを天秤にかければ、後者を選んでくれるはずだ。

「ママは名前さんにも幸せになって欲しいんだけどな」
「私、このままだと幸せになれないの」
「そんな風には見えなかったぞ」

私の幸せを考えた時、千冬の顔が浮かんだ。でも、今のマイキーを知ってしまっては、千冬を選んだとしても、一生あのマイキーの面影がチラついて、きっと千冬も傷つける。

「…一応どうにかしてみる。今日の夜、ここに向かうといい。何もなかったら諦めてくれ」
「…………」
「やれることはやるが、どうにもならない可能性だってある。分かってくれ名前さん」
「分かった」

ママに『ここ』と指定されたのは、いかにもな廃ビル密集地の中の廃ビルだった。ママが口だけで何もしないじゃないかと疑ったけど、それがバレた時に私が暴走する可能性も考えれば、そんな浅はかなことはしない人だと信じることした。

「名前さん」
「ママ、ごめんね」
「気をつけてくれ」

きっとママはどうにかしてくれる。ママを危険なことに巻き込んでしまって申し訳ない。
申し訳ないといえば、夏目を思い出した。ここ最近、私が思い悩んでいるのを察してしまったんだろう。『昔、名前ちゃんの未来を占った時、ちょうど今頃の君が死ぬって結果が出たんダ』と震える声で教えてくれた。だから思い詰めたり、早まった行動を取らないでくれと言われた。夏目は私の過去を占った時、私が14歳で死ぬはずだったのを当てていた。占いなんて信じてなかったけど、夏目の占いは当たるのかもしれない。
せっかくなら恋愛とか、そういう生産的なものを占ってもらえば良かったな。ああでも、相手が相手だから、同じような結果を見せてしまったかも。

「ねぇマイキー」
「………」

ママに指定された場所で2時間ほど待っていれば、コツコツと足音がした。

現れたのは2人。マイキーと、春千夜だった。

「春ちゃんも久しぶりだね」
「…お久しぶりです」
「この前はありがとう」
「いえ」

春千夜は周囲を警戒するように銃を携えていた。マイキーは何も持っていないように見える。私は警戒されないよう、スマホを鞄に入れて足元に置いた。

「我儘言ってごめん」
「………」
「昔、どんなに夜遅く呼び出されても、私の為なら来てくれるって言ってたから」
「…どんだけ昔の話してるんだよ」

覚えててくれてたんだ。バジが死んで落ち込んでた時、マイキーはそう言ってくれた。当時はその言葉に甘えることが出来なかったのに、今それを持ち出す私は狡いと思う。

「マイキー、オレは下にいます」
「ああ」

春ちゃんが後ろ髪引かれながらその場を後にした。あの子はなかなかに気難しい子だったけど、私には優しくしてくれた。マイキーが私に好意を抱いていたからかもしれないけど、優しい春ちゃんは私にとって可愛い存在だった。

「名前」
「うん」
「何でオレのことなんか忘れてくれなかったんだよ」
「ごめんね」

マイキーは辛そうだった。マイキーは私のことなんか忘れたかったのかもしれない。それなのに私がテレビに出たりして無理やり視界に入っていったから、余計にマイキーを苦しめたのかもしれない。

「オレはお前の大切なものを全部奪っちまった」
「え?」
「お前の初恋も、兄貴分も、親友も、オレのせいで死んだ」
「そんなこと思ってたの?」

何1つマイキーのせいではないのに、自分だって喪失感に蝕まれ続けていただろうに、マイキーはそうなのだと続けた。

「次は名前だと思って離れたんだ」
「そんなっ…」
「お前はオレにとって最後の大切な奴だ」

何がいけなかったのだろうと、最近よく考えて、いつも同じ結論に辿り着く。
マイキーがいなくなったあの時、もっと必死でマイキーを探すべきだったのだと。マイキーの痛みを勝手に分かったふりして、いつか戻って来てくれる日を待ってたことが間違いだったんだと。

「名前が有名になって、ネットで検索すれば顔が見れた」
「…うん。マイキーに視界に入りたくて頑張った」

自己満足だったけど。

「オレは画面越しにお前の顔が見れるだけで幸せだった」

私がマイキーを救いに来たつもりだった。
でも、マイキーの一言に私が救われてしまった。独り善がりだった私の11年間を、肯定してくれたのだ。

「ここはタケミっちが望んだ『皆が幸せな未来』だったんだよ」
「違うよ…!」

でもマイキーは救われてない。

「何で?」
「私は幸せじゃなかった」
「………」
「マイキーがいなくなっちゃったから」

私はきっと、側から幸せもので、マイキーは不幸せな人だ。でも主観は逆なんて、なんとも滑稽だ。

「今更なこと言ってもいい?」
「…どうした?」
「私、マイキーのことが好きだったんだよ」

いつの間にかシンイチロー君ではなくマイキーが好きになってた。そう思い始めたタイミングでシンイチロー君が死んじゃって、何となくその気持ちを口に出しづらくなってしまった。そんな何となくで、私はマイキーを傷つけ続けた。

「名前、」
「うん」
「オレもお前がずっと好きだ」
「ッ、うん…」

そんな悲しそうな顔で笑わないでほしい。
分かってるから。

ごめんね。マイキー。
会いに来てごめん。

「マイキー」
「名前」
「私…やっと幸せになれたよ」

私、こんな歪な方法でしか幸せになれなかったんだね。

「オレは…お前に会いたくなかった」

うん、そうだね。
私が悪いよ。ごめん。ごめんね。



「大好きだよ」



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