さよならモラトリアム | ナノ


▼ 薄暮

レオ君が…王様が、学院に戻って来たらしい。王様とは去年まで仲が良かった。色々ゴタゴタがあって、王様が失踪しちゃって、それっきりだけど。
王様と私が昔みたいに仲良く出来る日は、多分もう来ない。




「トリックオアオリート!」
「名前先輩、せっかくのハロウィンなのに顔が暗いですよ〜」

前までは双子といえば灰谷兄弟だったけど、今となっては葵兄弟になっていた。灰谷兄弟とは違って、一卵性のそっくりな顔が私を覗き込んでいる。

「ハロウィン嫌いなんだよね」
「そんな人いる?」

あんまりいないと思う。でも私はハロウィンが嫌い。別にハロウィン自体に恨みも何もないのだけど。

「そういう割には仮装してるじゃないですか〜」
「ああこれ?あんずが作ってくれたから一応…」

零ちゃんは去年のハロウィンに丸々学校サボった私に対して先手を打つ為に、あんずに私の衣装を依頼していた。衣装は三ツ谷って決めてたんだけど、ハロウィン用の衣装は頼んでなかったし、出来上がったものを渡されてしまっては着ない訳にはいかない。

「零ちゃんは凛月とライブ出来てルンルンなんだっけ?」
「なんかやってたみたいですねぇ」

あんずがあの兄弟のために用意した衣装は可愛かった。特に凛月。やっぱり凛月は顔がが良い。零ちゃんはまぁ…女の子がキャーキャー言いそうな感じだった(ベッタベタの吸血鬼スタイル)。

「兄弟かぁ」
「名前ちゃん一人っ子だよね?」

私的な双子の見分け方として分かりやすいのが、私にタメ口なのがひなた、敬語なのがゆうた君だった。つまり後輩なのにも関わらず、『名前ちゃん』などと呼んでいる方が兄のひなただ。私は敬語とか先輩とかどうでもいいしね。

「一人っ子だけど、兄貴代わりの従兄妹がいたよ」
「「へ〜」」

双子ならではの、息の合った相槌だった。この双子は双子なりに色々あるようで、時折ケンカしているのを見かける。それを見かける度、勝手に自分とバジに重ねて、『ケンカできるのだって生きてるからだよ』なんて要らぬ言葉を掛けないように気をつけていた。

「もう帰ろっかな」
「夜までいないんですか?」
「もう夕方じゃん。十分でしょ」

あんずにも衣装着たの見せたし、写真も撮ったし、そろそろ帰りたい。ここ数年ハロウィンの日は頭痛がするのだ。今年はまだマシな方だけど、早く帰ってバジスケを抱きしめながらゴロゴロしたい。

「気をつけて帰ってね〜」
「2人も悪戯は程々にね」
「「は〜い」」

今日はハロウィン。誰も彼もが仮装して浮かれてる。楽しそうにしてる。
でも私はハロウィンが嫌いだ。3年前、エマと嬉々として仮装をして楽しんでいたあの日、あの日の当然の別れを、未だに受け入れられていないのだ。あの時一緒にいたエマだって、

「えっ?」

俯きながら歩いていれば、見覚えのある衣装が横切った気がして振り返った。

「は…、ちょっと!」

振り返れば、黒地に金の糸で『東京卍會』と刺繍された特攻服が目に入った。

「ねぇ!ちょっと止まってよ!」

なんとも悪趣味な仮装である。着ている人物が誰なのか分からないけど、仮装とかそういうノリであの特服は着ていいものじゃない。引き留めようと声を上げるけど、特服を着た男はスタスタと歩いて行ってしまう。

「待って!」

今すぐそれを脱げって言ってやりたい。東卍幹部の悪戯ならまだ許すけど、部外者だった時には怒りで何かやらかしそうなくらい、頭に血が上っている自覚があった。
ただ、ただ…その後ろ姿がバジに見えなくもなくて、そういう意味でも必死で追いかけてしまった。

「あら名前ちゃん、どうしたのかしら?」

人を避けながら特服の男を追いかけていれば、前から嵐ちゃんが現れた。

「ちょっとその特服の男捕まえて!」
「とっぷく…?」

嵐ちゃん特服がなんなのかピンと来なかったようで、男は嵐ちゃんの隣を素通りしていった。

「っ…!」
「ああ待ってよ名前ちゃん!誰を追いかけてるの!?」

嵐ちゃんが私を引き留める声が聞こえたけど、立ち止まってる余裕はなかった。こっちは必死に追いかけてるというのに、男はまるで滑空でもしているかのようにスルスルと前へ進んでいく。

気がつけば校内から出ていて、どんどん人気の無い方へと向かっていた。

「こんのっ…、待ってよけいちゃんっ…!」

昔の記憶と重なって、思わずそう口から溢れた。
いつもどんどん先に行ってしまうけいちゃんに、私は追いつこうと必死だった。必死過ぎて足がもつれて転んだ私を見て、けいちゃんは慌てて引き返してくるのだ。そこに更にまーくんが現れて、2人は血の滲んだ私の足を見てアタフタしていた。そうしていると、どこからかシンイチロー君がやって来て「大丈夫か?」なんて私の頭を撫でてくれた。

もう誰もいない。決して高望みではないはずの幸せは、全て私の手から抜け落ちてしまって、それは涙となって零れて来た。

「泣くなよ名前」

聞き覚えのある声に顔を上げる。

「オマエさ、毎年毎年そんな顔するのやめろって」

振り返って苦笑いしている特服の男は、バジに似ていたというには似過ぎていた。

「つっても無理ねぇか。マイキーまでいなくなりやがって…あんにゃろう」
「バジ…?」
「お?さっき『けいちゃん』って呼んでたのに戻ったな」

ニカッと笑った時の口から見える八重歯もそっくり。長髪で、顔つきもおっかなくて、でも笑うと可愛い私の従兄妹に、そっくりだった。

「千冬がさ、オマエのこと心配してんだよ」
「ねぇ…バジ、あのね……」
「笑ってやってくれよ。オレはずっとオマエたちのこと見守ってっから」
「けいちゃんっ…わたし、」
「名前」

もう偽物でもドッキリでも何でもいい。何でもいいから、時が止まればいいのに。

「急に居なくなってごめんな。寂しかっただろ」

寂しかったなんてもんじゃない。家に電話が掛かってきて、お母さんが真っ青な顔して私を呼び出して、震える声で「圭ちゃんが死んじゃった」と言われても、何を言ってるのか分からなかった。
中学で留年したと聞いた時、私の従兄妹は本物の馬鹿だったのだと再認識して呆れた記憶がある。でもね、同じ学年にけいちゃんがいてくれて、本当はすごく心強かったんだよ。

「ばかっ…!」
「ごめん」

ずっと言いたかった事が言えた。カッコつけて死んじゃって、私も、けいちゃんのママも、マイキーも、千冬も、どんだけ悲しかったか。言葉にならない想いを泣きながら訴えれば、けいちゃんは困ったように笑っていた。



「バジさーーーーーん!」
「…千冬?」

ここには居ないはずの声が響いた。声がした方を向けば、息を切らした千冬がコッチに向かって走って来ていた。

「良かった…!バジさん!」
「にゃおん」

続いて猫の鳴き声が聞こえてきたから足元を見れば、バジがいた場所にはバジスケがいた。

あれ、バジは?

「なんで…?」

私の呟きに、千冬は困った顔をした。

「ワリ…オマエがハロウィン乗り気じゃないだろうなって思ったから、バジさん連れて来てみたは良いけど、途中で暴れて逃げちまって」

私が求めていたのはそういう答えでは無かったのだけど、千冬とバジスケがここに居る理由は理解出来た。
さっきまで居たはずのバジを探す為にキョロキョロとしていれば、バジスケが「ニャッ!」と強めに鳴いた。まるでもう居ない人間よりも、目の前の千冬を見ろと怒っているように。

「名前こそどうしたんだよ?泣いてんのか…?」

千冬は私を慰めるのが苦手だ。
それは私に誠実に向き合ってくれてるからで、私の悲しみに対して中途半端な言葉を掛けたくないという優しさからだと分かってる。

「ちょっとね。でも今は千冬がいるから平気」
「なんだそれ」

私が笑えば、千冬も安心したように笑った。バジスケがスタスタと千冬の方へ行き、「にゃあ」と鳴いた後に千冬の腕に飛び込んでいた。
バジスケは、バジが死んで、その3日後…バジの誕生日に出会った猫だ。猫が好きだったバジを思い出して、勢いで拾ってしまった。バジの生まれ変わりかもね、なんて皆で笑って言っていたけど、それはただの願望に過ぎないと理解していた。そんな現象は、タイムリープだけでお腹いっぱいである。

「馬鹿だなぁ…」
「誰が?」
「バジが」
「はぁ!?急に場地さんの悪口言うんじゃねぇよ…!」
「悪口じゃなくて事実だし」

何をやってるのやら。もし会いに来てくれたとしても、私以外に行くところがあるでしょうが。
例えば千冬とか…マイキーとか。

ごめんね。心配かけちゃったんだね。




ちなみにこの話には後日談があって、次の日に凛月と会った時、不可解なことを言われたのだ。

「お兄ちゃんっていうのはさ〜、結局いくつになっても弟妹が心配みたいだよねぇ」
「零ちゃんのこと?朔間家は妹いないじゃん」
「でも名前にはお兄ちゃんいるでしょ」
「お兄ちゃん?いないよ」
「また誤魔化そうとしてる。俺は誤魔化せないよ〜?」

ちゃんと話せた?と、凛月は優しい笑顔で聞いて来た。誰と?と聞いても答えてくれなかったけど、心当たりが1つだけある。
凛月は自称吸血鬼で、魔力がどうこうとか、浮世離れしたことをたまに言っている。だからって、魔法の類が使える訳でもあるまいし。

「ま、気が向いたからお裾分けしてあげたんだ」
「だから何の話…?」
「名前だっていつも俺の質問に答えてくれないじゃん」

まさかと思って…考えるのをやめた。
あれは私の白昼夢なのだと、自分の中でカタをつけたのだ。

魔物犇めく不思議な昼と夜の狭間に見えた、優しい優しい夢だった。



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