さよならモラトリアム | ナノ


▼ 泡沫

「ウチも最近新しい事業を始めましてね。それにはアンサンブルスクエアが邪魔なんです」

梵天と持ちつ持たれつの関係だった半グレ企業の社長から相談があると言われて聞いてみれば、聞き覚えのあるグループの名前が出てきた。『アンサンブルスクエア』。複数のプロダクションを抱える、日本有数のアイドル事業だ。
オレはアイドルになんかに毛程も興味も無いが、この事業に関しては名前を覚えていた。

「………」

アンサンブルスクエアの名前が出た時、本人にはバレないようにボスの表情を伺ってしまった。

「で、お宅はウチにどーして欲しいんだよ」

ココが社長にそう聞いている。
ウチのボス、マイキーは交渉には不向きだ。 こういった場においては席には居たり居なかったり、居たとしても交渉はココや鶴蝶に任せて、いつも興味無さげにそっぽを向いている。

しかし今日は違った。

「………」

マイキーの視線が、相手の社長の顔をハッキリと捉えていた。まさかとは思ってはいたが、やはりまだ…そういう事なのだろう。

「大体の事は自分らでやるんでね。何かあったらちょっと戦力を貸して欲しいんですよ」
「大体の事って具体的に何やってんだ」
「三途…」

珍しく交渉の場で口を挟んだオレに対し、ココは余計なことを言うなと舌打ちした。
うるせぇ。こちとら伊達にナンバー2やってねぇんだわ。マイキーが求める情報を引き出すのもオレの役目だ。
マイキーにとっては、こいつらがアンサンブルスクエアに何をしようがどうでもいいはずだ。

“ある1点”を除いては。

「例えばそうですねぇ…手始めに1人の女を潰してやろうと思ってまして。女は楽でしょ?名字名前って知ってますか?今頃うちの下っ端が拉致してるはずです」

笑ってしまう程に、その“1点”をピンポイントに突いて来た目の前のアホに同情すらした。しかも、もう事は進んでるというのだ。

「…三途」

今度はマイキーが口を開いたものだから、ココの顔にも緊張が走っていた。
まぁ、この状況でマイキーが何を命じるかなんざ分かってる。

「殺せ」
「ウス」

オレが拳銃を手に取れば、アホ社長は意味が分からず慌てふためいていた。ココは「あーあ、せっかくの金蔓が…」漏らしていたが、マイキーに睨まれて閉口していた。

「マイキーの地雷踏んだ今日がオマエの命日だよ」

迷いなく引き金を引けば、アホの頭は弾け飛んだ。この男は何で自分が殺されたのか、分からないままなのだろうな。哀れなものだ。

「行くぞ」

マイキーの鬱蒼とした声に、今日は久しぶりに暴れるマイキーが見れるのかもしれないと内心ワクワクもした。バレたらオレも殺されるから、絶対に顔には出さないが。

「あ、どこに拉致ったか聞いてから殺れば良かったな」
「…3分以内に特定しろ」
「ウス」

やべぇ。3分以内に特定しなきゃ殺される。









その場にいた下っ端を脅せば、監禁場所はすぐに特定出来た。あとは死ぬ気で車をすっ飛ばして現地に向かった。暴れれるマイキーは見たかったが、万が一の事態が起こっていた場合、暴れるだけでは済まなくなる。


「スクラ〜ップ」
「こ、こいつら梵てッ…!」

幸いにもギリギリのところで間に合ったようだった。男にのしか掛かられた…名前さん、の着衣に乱れは無いし、暴行された形跡は無かった。

「おー、良かった未遂みたいじゃん」
「未遂だったとしてもミナゴロシだろ」

しかし未遂だろうが許される訳が無い。マイキーの強烈な蹴りが、名前さんの上に乗っていた男をぶっ飛ばした。やっぱマイキーはこうでなきゃな。

「それが『ボス』の命令だからなぁ!」

ボスの命令という名目で、その場にいた雑魚どもを蹴散らしてやった。震える名前さんが視界に入る。
懐かしい。昔、暴れるオレ達を顔をしかめて見ていた彼女が、今は人気アイドルなんて未だにピンと来ていない。オレにとって名前さんの定位置は、ステージなんかの上でなく、マイキー達の隣だったのだ。

「黒川…イザナ………?」

オレは名前さんに、マイキーの隣に居て欲しかった。でも、マイキーの方から名前さんを遠ざけた。だったらせめて、なんも悪意のねぇ平和な世界で生きてて欲しかったっつうのに、あんなアホのせいでこんな目にあってるからやるせねぇよ。

「しー…!アンタを傷つけるつもりはねぇよ」

オレは名前さんの前にしゃがみ込んだ。久しぶりにこんなに近くで彼女を見た。オレの顔を見て綺麗だとはしゃいでいたあの頃の面影がまだあって、なんだか泣きそうになる。

「アンタは何も見てない。何も知らない。襲われそうになったアンタは命からがら逃げ出した。その後ここに駆けつけたオレ達が、コイツらを殺した。いいな?それで全員幸せだ」
「なん、で…?」

名前さんはオレ達が誰なのか、イマイチ分かっていないようだ。これでいい。思い出さないまま全てが終わるべきだ。

「三毛縞斑を呼んである。後はアイツに任せろ」

オレ達はここに向かうのと同時に、アンサンブルスクエアの中でもこっちの世界に精通している男と話をつけておいた。マイキーは他人に名前さんを託す事を渋っていたが、だからと言ってオレ達が家まで送り届ける訳には行かない。
名前さんは恐怖で足が震えているのか、うまく立ち上がれないようだった。

「…竜胆、外まで連れてってやれ」

名前さんの目の前にいるオレではなく、何故か灰谷弟がマイキーに指名された。そういえば、昔からマイキーはオレが名前さんに近づくのを嫌がっていた。まだその想いが生きているのだろうか。…生きているから、ここにいるのか。

「マイ、キー……?」

想い続けていたのはマイキーだけではなかった。マイキーの声を聞いて、焦点の合っていなかった名前さんの目に光が宿っていく。

「竜胆、無理矢理でも連れて行け。殺すぞ」
「勘弁してくれよボス。オラ、立ってくれって名前チャン」

マイキーの焦った声を久しぶりに聞いた。マイキーとしても、声を聞いただけではバレないと油断していたんだろう。

「待って!マイキー!お願いっ、話がしたいの!」
「おい暴れるなって…!」

名前さんは震える全身で精一杯抵抗していたが、脅された灰谷弟も必死で名前さんを抑え込んでいた。

「あーあ、良いのかよマイキー」

間の抜けた声を上げた兄の方に舌打ちする。良い訳ねぇだろ。
オレだって少しは話をしてやったらどうかと進言するのを必死で堪えてるんだよ。

ふと、名前さんと目が合った。
ハッとして、少しだけオレを見る目が優しくなった彼女を見て、恐らくは思い出してもらえた事に嬉しくなってしまったオレはオレで大馬鹿者だ。

「名前、千冬に言っとけ。…ちゃんと守れって」

マイキーの声で我に返る。マイキーが今何を考えているか、オレにもよく分からなかった。
マイキーを求める名前さんを尻目に、マイキーは彼女にのし掛かっていた男を銃で撃った。何度も、何度も、何度も、息絶えても何度も。まるで名前さんに向けようとした何かを発散するように、弾が切れるまで撃っていた。
拳銃がカチャカチャと弾切れの音を発して、マイキーはようやく止まった。

「…お疲れ様でした」

かける言葉が見つからない。
マイキーが人を殺す様を目の当たりにして、名前さんは気を失っていた。無理もない。

「アイツ、」
「名前さんですか?」

ガラにもなく、名前さんの名前を出す口が震えた。今のマイキー相手に言葉を間違えば殺される。

「…やっぱり可愛かったな」

けれど、マイキーから出た言葉は明るいもので。東卍時代の、あの時のマイキーのようだった。

「そう…スね」

名残惜しそうに名前さんが居なくなった方を見つめるマイキーに、だったらハグの1つでもしたってバチは当たらなかっただろうにと、そう思ってしまうのだ。



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