▼ 嚮後
名前ちゃんとボクは仲が良いかと聞かれれば微妙な感じではあるけど、五奇人…というよりは零にいさんに守られたもの同士という意味では、妙な親近感を抱いていた。
『女の子にウケるアイドルになりたい』と声楽科を受験した名前ちゃんをアイドル科に引っ張って来たのが他ならぬ零にいさんだった。男だらけのアイドル科で浮いている彼女を、零にいさんは何かと気にかけていた。あのfineの老害からも狙われないよう、細心の注意を払っていたのだ。
名前ちゃんは五奇人が討伐されようが、自分と仲の良い月永センパイが失踪しようが、どこ吹く風のように見えたけど、会長殿に対しての嫌悪感を見る限り、心の中では思うところがあったんだと思う。
「エッ…どうしたノ君」
「何でもない」
どんな時でも平然としていた名前ちゃんが泣いていたのを見かけて、本当にビックリした。同時に、あの名前ちゃんの情緒をそこまで揺さぶったのは何だったのか、興味を持った。後から困った顔をしたあんずちゃんと会って、ファンからのプレゼントを開けたら泣いてしまったのだと聞いたけど、それだけで泣くような子だとは思えなかった。
名前ちゃんがアイドルを目指した理由である『お馬鹿サン』と関係があるのではないかとボクは踏んでいる。
「やぁ、迷える子猫ちゃん」
「前から思ってたんだけどそのキャラ何?」
当日に追撃するほどデリカシーが無いわけではないので、1日置いてから名前ちゃんのもとを訪れた。昨日はらはらと泣いていたとは思えない程、名前ちゃんは今日も今日とてあっけらかんとしている。
「気分転換に占いはいかがかなっテ」
「あんま信じてないんだよねぇ」
「そんな事言わないでヨ」
確かにこの子、占いとか信じなさそう。
さてどうしたものかと考えていれば、名前ちゃんは気まずそうに口を開いた。
「夏目、昨日はごめんね」
「何ガ」
「ちょっと冷たかったかなって」
「気にしてないヨ」
そんな風に謝られてしまっては、探りを入れに来たのが申し訳なくなってしまう。
「占ってよ」
「信じてないんじゃなかったノ?」
「占いという名の人生相談して」
「いいヨ」
名前ちゃんがボクに人生相談なんて持ち掛けるなんて珍しい。今は平然としているように見えるけど、昨日の出来事が尾を引いているのかもしれない。
「何を占ウ?」
「んー…過去と未来とか?」
「曖昧だナ」
「占いってそういうものじゃないの?」
そうなんだけど。何も本当の予言が出来るわけでもないし。手順に従って見えたものを、自分なりに解釈して相手に伝えるものだ、とボクは思っている。
「まず名前ちゃんの過去はネ…」
水晶を覗き込んでいれば、水晶の奥の名前ちゃんと目が合って、少しドキドキしてしまった。黙っていれば可愛いのに、というのは一言余計というものだ。
「……えっ」
なんて気を乱したからだろうか。
水晶が導き出した過去に、ボクの思考は止まった。
「どうかした?」
「失敗しちゃったみたイ。やり直すヨ」
「おかしな過去でも見えた?」
「………」
見えた。縁起でもない過去が。
とはいえ『今』という揺るぎない現在が、ボクの占いが誤診であると示しているから失敗以外の何物でもないのだけど。
「ちなみにどんな?」
「気分のいいものじゃないかラ…ちょっト、」
「良いよ。言って」
嘘をついて誤魔化すことも考えたけど、占い師としてのポリシーに反するし、そんな嘘が通用する相手でもなかった。
「君ハ…14歳の時に死ぬっテ……」
だったら目の前にいる名前ちゃんは何なのだ。ボク以外にも見えているし、雑誌の表紙を飾っているくらいなのだから、彼女は紛れもなく生きている。こんな失敗久しぶりだ。
ボクとして笑って流して欲しい大失敗だったのに…
「名前ちゃん?」
顔面を蒼白させた名前ちゃんを見て、彼女が隠している何かに触れたのだと察した。少なくとも、その頃に何かがあったんだろう。
「ごめんネ、気分を悪くさせるような占いしちゃっテ」
「う、ううん…私こそ変なリアクションしてごめん……」
何かあったのかと聞いたところで、教えてもらえるとは到底思えない。結局のところは変に踏み込まず、少しずつ彼女の信頼を得ていくしかないのだ。
たまに学院まで迎えに来ている、ツーブロックの彼なら全てを知っているんだろうな、という余計な雑念を必死に頭から追い払った。
「やっぱり過去はいいや。未来を占ってよ」
「分かっタ」
さっきまでよりも名前ちゃんが真剣にボクの占いに耳を傾けているのが伝わって来る。占いの結果に私情を挟みたくは無いけど、どうか良い未来であれと祈ってしまう。
「…ッ」
「夏目?」
「待っテ、まだかかりそウ」
「今見えてるものを誤魔化さないで言って」
占っているのはボクの方なのに、名前ちゃんの方がボクの心を見透かしているように感じてしまう。
「い、言いたくなイ…」
「そんなに悪い未来だったの?」
「うん…ごめん……」
「夏目は悪くないでしょ。むしろ顔色悪いけど大丈夫?」
ボクを心配した名前ちゃんの指が、優しくボクの頬に触れた。指先は少し冷たいけれど、この子は今、紛れもなく生きている。生きているのだ。
「温かいものでも飲みに行こうか」
「お詫びに奢るヨ」
「別にいいって!」
もしもこの時、ボクの見えた未来を名前ちゃんに伝えていたのなら…あんな事にはならなかったのだろうか。彼女の運命をボクなんかが変えるなんて出来ないと分かっていながらも、ボクは後悔し続けるだろう。
「励まそうとしてくれたんでしょ?ありがとう」
そう言って笑った名前ちゃんの笑顔は、とても優しかったのだ。
「名前ちゃん」
「何?」
「…何でも、無イ」
どうしても口に出せるようなものでは無かった。
10年くらい先だろうか。
彼女の未来はそこで途絶えていた。
ボクが見た未来で、名前ちゃんは死んでいたのだ。