さよならモラトリアム | ナノ


▼ 狼狽

「名前さんって可愛くないすか!?」
「うーん…あの子は良い子だけどジュンくんには荷が重いと思うね!」
「荷…?」

夢ノ咲でアイドルをやってる名字名前さんという女の子がいる。ぶっちゃけめちゃくちゃタイプだ。ちょっと…いやかなり気が強そうだけど、いかんせん可愛い。めちゃくちゃ可愛い。

「いや気ぃ強えーよアイツ」
「そんなにっすか?」

同じクラスだという衣更さんがゲッソリしながら言っていた。
玲明は野郎ばっかだっていうのに、あんずさんのみならず、あんな可愛い子がクラスにいる夢ノ咲2年B組が羨まし過ぎるんですが。オレは気が強くても全然許せます。

「そもそもジュンくんは名前ちゃんのタイプじゃないよね?」
「アイツ色素薄い系の美形が好きみたいだからな〜。ウチなら凛月とか」
「あの人っすか…」

オレどっちかっていうと色黒っすからねぇ…美形というよりはワイルド系っていうか、男って感じだし。全然名前さんのタイプ掠ってないっすね。

「でも前に好きだった人は別に美形でも無かったらしいね」
「そうなんすか!?アイツ俺らにはあんまそういう話しないんすけど…」
「今の話は忘れて欲しいね」

衣更さんの言葉に、おひいさんは慌てて口を閉じていた。
オレが初めて名前さんを見て可愛いとハシャいでいた時、「名前ちゃん?ぼくたち仲良しだよ」っと自慢された記憶がある。名前さん本人にも聞いてみれば「いや…仲良いって言ってくれるの嬉しいけど、あの完全無欠のアイドル巴日和くんが私と仲良いって唯一の欠点じゃない?」という謎の謙遜をしていた。仲が良いのは確かなようだ。衣更さんの知らない話を知ってるくらいには。

「衣更さん!オレが有りか無しかだけでも聞いてみて下さいよ〜!」
「ほぼ“無し”だと思うね!」
「まだ分からないじゃないすか!」

オレの男らしくないお願いは、本人に届く前におひいさんに一蹴されてしまった。

「じゃあ本人に聞いてみる?」
「え」
「お〜い名前ちゃん」

ブンブンと手を振った先には名前さんがいた。
ちょっ、えっ…か、可愛い!いや違くて!本人に聞くってほぼ告白じゃないすか!

「日和君どうしたの?」
「ジュンくんって名前ちゃん的にはどう?」
「おひいさんっ…!」

そんなどストレートに!
別にオレだって本気で付き合いたいと思ってる訳じゃないっすけど!高校生活にちょっとした彩りがプラスされたらなっていう、しょうもない下心をそんな弄ばなくてもいいじゃないですか!

「ごめん、無い」
「だよね」
「あ〜〜〜〜!!」

膝をついたオレを見て、衣更さんは「ドンマイ」と慰めてくれた。自分はそこそこ女子に人気ある方だと思っていたが、華麗なまでに一刀両断されてしまった。

「まず大前提として私と付き合いたいっていうならウチの大将を倒してもらわないと」
「大将?会長のことか?」
「天祥院なんて私でもワンパンだわ。鬼龍の大将だよ」
「たお…?」

え?なんか話の流れ変わったんすけど。
鬼龍さんって紅月のあのガタイいい人ですよね?

「鬼龍くん?を倒したらどうなるの?」

おひいさん的にも初耳な話だったみたいで、首を傾げながら名前さんに聞いている。

「んー…そうそう鬼龍先輩を倒せる輩が現れるとは思わないけど、もし倒せたら次はぺーやんかな」
「…ぺーやんって誰っすか?」
「これこれ」

名前さんが見せてくれたスマホの画面には、若干…いや、まあまあガラ悪そうな男子が映っていた。誰。

「次にスマイリーとアングリーで、その後に八戒を倒したらやっと三ツ谷かな。んで、千冬からのドラケン」
「これ名前さんの友達っすか!?ガラ悪くないっすか!?」

名前さんが画像をスライドさせれば、次々と出てくる不良達に愕然としてしまった。清純派とまでは思ってなかったけど、ここまでとも思ってなかったっす。

「お前、日に日に元ヤンという事実を隠す気無くなってんな」
「えっ、元ヤンなんすか?」
「元ヤンじゃないっつってんじゃん」

だったとしたらこの顔面治安悪めなご友人達は…?とは聞いたらダメなのだろう。

「言っておくけどこいつら天祥院の5億倍は善人だからね」
「英智くんと比べたら誰でもそうなるね」

えっ、天祥院さんってそんな極悪人なんですか?もう何もかもついて行けないんすけど。

「まぁ、ということだから…漣ジュン?だっけ?」
「あ、まず名前覚えてもらうところからなんすね」

ギリギリ認知されてたみたいで良かったっす。

「大将倒したら私に声掛けてね」
「…が、頑張ります」
「それ鬼龍先輩めちゃくちゃ迷惑だろ!?」

初めて向けてもらえた笑顔が『鬼龍さん倒したら声かけて』でした。くっ…

オレだって筋トレしてるけど、あの人を倒せる気がしねぇっすよ。これでも真面目なんで喧嘩とかしたことねぇし!

「バイバーイ」

全く期待されてねぇのは伝わって来ました。
完全に射程範囲外っぽいすねオレ。

「でもっ…でもっ…」
「「でも?」」
「やっぱ顔が好きなんすよ…!」

あの可愛さには抗えないっすから、とりあえず夢ノ咲空手部に入部してきます。



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -