湊に呼ばれてこちらへ来た名前について来た時雨は、女の子達に囲まれた僕を冷ややかな目で見ていた。
「しぐれちゃんがパーティにくるの、珍しいね〜」
「ええ、まあたまには」
いかにも『少し気が向いたから来てみました』という顔をして答えたけど、本当は名前が行くと言ったから心配でついて来たんだろうな。湊は誤魔化せても僕にはバレバレだよ。微笑ましい気持ちで時雨を見ていたら、思いっきり睨まれた。酷いなぁ。
「名前が食べてるのって…」
「花房の同室の子の逸品」
「へぇ…」
この場においてあんな地味なものを進んで食べに行くなんて、変わってる。そんな僕の考えが伝わったのか、名前にも睨まれた。
「美味しい?」
「とっても」
「一口ちょうだい?」
「はぁ?」
絶対くれないだろうけど、からかい半分で強請ってみた。案の定、あから様に嫌な顔をされちゃったけど。つれないな。
「花房、寝言は寝て言って下さい」
「ははは。どうして時雨がそんなに怒ってるのかな?」
「…怒ってません」
時雨の目が据わってきた。マズイな。本気で怒らせちゃいそうだからこれくらいにしておかないと。キティ達との件で怒りを買うのはともかく、この件で怒りを買うのは俺としても避けて通りたいからね。
「やなぎ、だめだよ〜。しぐれちゃんは名前ちゃん大好きなんだから、意地悪しない!」
しかし人生は上手くいかないものだ。
「湊…」
せっかく大人しくしようとしてたのに、どうして火に油を注ぐようなことを言っちゃうのかな?変なところで鋭いんだから…というか時雨が隠すの下手くそなのもあるけど。
「おれも名前ちゃん大好きだけどね〜。仲間!」
「はぁ…ありがとうございます」
時雨は表面上は笑って返しているけど、目が全く笑っていなかった。
「わ、私も時雨と湊のこと大好きだよっ!」
「わ〜い」
「名前…」
名前もこの空気はまずいと思ったのか、フォローにならないフォローをして来た。というか、名前がそうやって寸前のところで何考えてるのか全く掴ませてくれないから、時雨の恋愛事情もややこしくなっちゃうんじゃないのかな?
「ちなみに花房は好きでは無い」
「嫌いと言われなくて良かったよ」
「嫌いと言われないよう一応努力してね?」
「だったら好きって言ってもらえるよう努力するよ」
あ、また時雨が睨んで来た。まぁ、時雨以前にあの凛先輩がおっかないから、名前に手を出す気は無いのだけど。
僕は脊髄反射で女の子を口説いちゃうところあるからね。可愛い子なら尚更、綺麗な花は愛でたくなっちゃう気持ち、分かってくれるかな?
「そんな日は一生訪れません」
うん。だから何で上手く流せそうだったのに時雨が出て来ちゃうかな?元々相性の良くない僕達だ。更に空気の読めない湊と、何を考えるのか分かりにくい名前というメンバーは地雷でしかない。
どうしたものかと考えていると、マイクを叩く音が響いた。

『ご入学、おめでとうございます』

続いて伊野尾先生の声が響き渡って、この不毛なやり取りは強制的に終わりを迎えたようで内心ホッとした。

全く…時雨がもっと素直になってくれれば、僕もこんなに気を使わずに済んだのにね?


×