「うわ浅霧」
「あは、そんな露骨に嫌な顔しなくてもいいんじゃない?」
暇潰しに柳ちゃんと1年ボーヤのゆめライブを見に来てみた。そこ1人でキョロキョロとする名前ちゃんを発見したから声をかければ、あから様に嫌な顔をされたから笑ってしまった。
「誰か探してるの?」
「せっかくだから1年生と観ようと思ってたんだけど、浅霧どこにいるか知らない?」
「知らな〜い」
「そ、じゃあね」
「そろそろ始まっちゃうし、ここで観ればいいんじゃない?」
踵を返そうとしたところで『ここ』とオレの隣を指せば、名前ちゃんは時間を確認した後に素直に座った。オレに対しては割とツンデレだよねぇ。本人に言ったら怒ってどっか行っちゃうだろうから、今は言わないけど。
「これから柳ちゃんとライブする1年…え〜と」
「悠馬」
「そうそう悠ちゃん。地味眼鏡くん」
「なんかイメチェンする気みたいだったけど」
「マジ?」
見るからに田舎から来ました、という風貌の後輩の姿を思い浮かべる。オレは然程勝ち負けに拘ってるつもりないけど、初めて見た時に柳ちゃん気の毒だなって思ったのはよく覚えてる。幽ちゃんの後にあれって、正直ペア運無いよね〜。
「あ、悠馬!」
「へぇ〜」
「すごいカッコよくなってる!流石湊のヘアメイクさん」
「ガチのイメチェンじゃん」
名前ちゃんの声に反応してステージに視線をやれば、髪が小ざっぱりとしてダサ眼鏡を取った悠ちゃんが緊張した面持ちで立っていた。確かに、昨日見た時に比べればかなり垢向けたように見える。イメチェン大成功ってやつ?

『俺は……東京はまだ慣れてなくて、言葉も方言がたまに出てしまうし、毎日本当にいっぱいいっぱいだけど__
お姉さんやお兄さんに、これから色々ご指導いただきたいです』

悠ちゃんのあざとい挨拶で場が湧いた。
「んっ?なんか花房のいらん指導が入ってる…?」
「客席大盛り上がりだからいいんじゃない?」
「そうだけど、中身は前のままでも充分可愛かったのに!」
何かがお気に召さなかったようで、名前ちゃんは地団駄を踏んでいた。乙女心は複雑だねぇ。
「ま、いいんだけどさ」
ゆめライブでも悠ちゃんがハートなのに柳ちゃんの影響を強く受けた演出に名前ちゃんは納得がいっていなさそうだった。他人のことなのに、よくもそこまでアレコレ考えるよね。
…生きてて疲れないもんかね、
と考えてあの人の顔が浮かんで来たからやめた。



『______なまくらみたいな歌だな』

俺が考えるのをやめたとほぼ同時に、聞き覚えのある声が響いてライブも中断された。
「あ〜らら」
「仁さん?」
黒寮長がさも当然と言わんばかりにステージに上がって、突如自分達のライブを始めてしまった。その時の柳ちゃんの顔を言ったら…吹き出しそうになったけど、可愛い後輩のライブを中断されてご立腹な名前ちゃんに睨まれそうだから寸前で堪えた。
「やってくれるな」
完全に空気が仁さんに食われてしまっていた。幽ちゃんやらちづちゃんも前に出てきて、絶対に関わりたくない面倒な事態になっている。これはいらない飛び火がかかってくる前に、お暇しといた方が良さそう…なんてオレの思考は、隣にいる頭脳明晰美少女にはお見通しだったみたいで。
「ちょっと浅霧も上行って悠馬達の味方してあげてきてよ」
「…それ本気で言ってる?」
「一生さんがいない今、実質白寮のトップは浅霧でしょ?」
「だったら名前ちゃんだって、風紀委員長としてこの場を収めなきゃいけないんじゃない?」
「私が出なくても、そろそろ時雨が来ると思うけど…」
そろそろ22時回るし、と名前ちゃんは呟いた。白華ちゃんねぇ〜。
「え、ちょっと掴まないでよ!」
「いいじゃん一緒に行こ」
だったら俺も出なくていいんじゃない?とは思ったけど、それこそ黙って見てたのが白華ちゃんにバレたらガミガミ言われるだろうし?ついでに俺と名前ちゃんが2人でステージに上がったのを見た白華ちゃんの顔が見たくなったから、この怠い事態に介入するこにした。
「どうして皆ステージに上がってくるのかな」
案の定、柳ちゃんにめちゃくちゃ嫌な顔をされちゃったけど。ごめんね〜、姫が行けって言うから。
「だって白寮の仲間がイジメられてたら、副寮長としては放っておけないでしょ?」
「じゃあ名前は何でしゃしゃり出てきたの?」
名前ちゃんがこの場に出てきた事で、時雨ちゃんより先にちづちゃんの地雷を踏んでしまったらしい。これはこれで面白い。
「…風紀委員長として?」
「あは、疑問系?バカにしてるの?」
「何でそんな機嫌悪いの?」
「別にそんな事ありませんけど?」
いやいや、機嫌悪いじゃん。さっきまで乗っ取り成功してルンルンだったくせに。ちづちゃんこそ本当のツンデレだよね。
「浅霧、一生はどうした」
「はー?寮長いたら、ここでオレが出てくるワケないっしょー」
「まあそうだな」
「ちょっと巳影、仁さんにどういう口の利き方してるの?」
仁さんにちょっと軽口叩けば、いとも簡単にちづちゃんの怒りがオレに向いた。分かり易い。さて、どうやって収拾をつけたものか…と考えながらちづちゃんの怒りを右から左へ受け流す。面倒くさいんだけど、と名前ちゃんにアイコンタクトを送れば、何やら時計を指差して訴えられた。
ああ、そろそろ時間ね。

「警告します。ステージ上の方々は即刻解散してください」
ほぼぴったりの時間に現れたものだから、相変わらず病的なまでの徹底っぷりに笑ってしまった。
「白華か」
「5秒前に22時を回りました。速やかに解散してください」
「まあ待て」
「待ちません。未成年は就寝の時間です。校則ですので」
仁さんにここまで強く出れるなんて、白華ちゃんも大人しそうに見えてカナリ肝座ってるよね。バトンタッチ、と念を送れば睨まれちゃった。生徒会役員としてこの場をキチンと抑えられなかったからなのか、名前ちゃんを隣に連れてるからなのか、どっちだろうね。本人に聞いたら絶対前者って言うんだろうけど。
「時雨さん、生徒会長がいないと大変そうですね」
ちづちゃんも煽るネー。
オレからすればあんなの…まあいいけど。
「凛太朗さんなら、ロスで会ったぞ」
「え………本当ですか?」
「ああ。一生と3人でな」
寮長、ロスにいたのネ。
「京佳ちゃんは?」
特進3年生の残り1人、己のペアの行方を名前ちゃんは仁さんに尋ねていた。
「そこには居なかったが…吉津は今ヨーロッパの方にいるらしいな」
あの人も全国飛び回るの好きだよね。3年は日本に留まってると蕁麻疹でも出んの?
「ヨーロッパかぁ。まだ帰って来なさそう」
「…ちなみに凛太朗さんが名前嬢に『愛してる』と伝えておいてくれとか言っていたな」
わーお。今日1どうでもいい情報ドーモ。
仁さんもどんな気持ちで伝えんのそれ。苦虫を噛んだような顔をしてる辺り、よっぽどしつこく頼まれたんだろうけど。
「えぇ…」
「竜ヶ崎さん、そんなことより本題を」
時雨ちゃんナイス。でも目が据わってるけど大丈夫?気持ちは分かるけど。
「黒寮の寮長であるあなたと、白寮の寮長である虎澤先輩、そこに会長も含めて集まったということは__」
「ああ、決めたんだ。“今年の行き先”をな…
お前らよく聞け。今年の新歓合宿、黒は新潟の春日山城、白は山梨の躑躅ヶ崎館だ」
あ、そいえばそんなのあったっけ?
いい具合に場の収拾がつきそうとか思ったら、今度は次の面倒な行事の予告をされてしまった。
「仁さーん、おやつは何円までですかぁ?」

で、うちの寮長は結局帰ってくんの?

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