「あれ?お2人さん、とうとう結婚しちゃった感じ〜?」
休日の朝10時。俺が珍しく時間を持て余しているのを察してか、昨晩名前から『一緒に料理でもしよう』と誘われた。話を聞けばいつも雀の涙のような食事をしている望月君に、たまにはお腹いっぱい食事させたいとか。後輩想いのクラスメートに関心しつつ、この空白の時間を埋めることが出来るなら、…そして、この空白の時間を名前と一緒に過ごせる事が出来るなら。柄にも無く高揚しそうになる感情を悟られないよう抑えて、誘いを了承した。
そんな流れがあって共同キッチンで一緒に調理をする事になったのだ。俺にしては所謂『ご機嫌』だったのだと思う。
しかしそんなタイミングで、ニヤニヤとした浅霧が現れた。一目見て嫌な予感はしたけれども、案の定ロクなことを言わない男だ。
「浅霧…朝から何です?」
「むしろそっちこそ朝から2人で台所になんか立っちゃって〜。お似合いだねぇ」
「時雨、ほっとこ」
浅霧の方を一切見る事無くそう言い放ち、名前は人参の皮向きを進めていた。
「お邪魔しちゃった?」
「分かってるならどっか行って」
名前はにべもなく浅霧を切り捨てていた。
浅霧は俺と名前が2人でいるのを見る度に、こんな趣味の悪いからかい方をしてくる。それに対して名前は涼しい顔をして、軽くあしらうのだ。俺はと言うといつもムキになってしまうし、浅霧はそんな俺が面白くてからかってくるんだと思う。
「はいはいそんなに睨まなくてもさっさと消えますよ〜」
これは俺に対しての発言だろう。人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて去っていく浅霧に軽く殺意が湧いた。
「浅霧も暇だよね」
「どうしてああも突っかかってくるのやら…」
「時雨と一緒に居ない時はあんな面倒な絡み方して来ないんだけどね。…あ、千鶴の時も面倒だけど」
槙。…そうなのか。それならやっぱり、そういう事なのだろう。浅霧も俺1人相手の時には(仕事を放置する事を除けば)そこまで不快ではない。ただ真也や名前と一緒にいる時には、ニヤニヤとこちらを見て不快な言葉を投げかけてくるのだ。
中々他人に心を開かない俺が、2人には開いている様が、浅霧の目にはさぞ面白く映っているのだろう。悪趣味だ。
槙と一緒の時は、主に浅霧当人と仲の良い槙がからかわれているのだろう。付き合いが長いだけあって、槙も名前には心を開いているから。
じゃあ名前の心は?
俺と一緒にいる時の名前は、浅霧の目にどういう風に映っているのだろうか。俺が少しでも名前の中で特別だから、浅霧のからかいの対象となって、ああやって面倒な絡みをしてくるのだろうか。
「…時雨、機嫌悪くなっちゃった?」
「え?あっ、ごめん!そんな事無いから…」
名前の中でそこそこ特別な存在という自信はある。そういう態度で接してくれている。だけど会長には敵わなくて、その『特別』が俺の『特別』と一緒かどうかまでは分からなくて。
…そこまでの自信は、俺には無くて。
「せっかく時雨と2人っきりだったのにね」
そんな事を言われたら期待してしまう。でも、仮に俺の期待通りだったとしても、俺には名前を抱きしめることさえ許されない。
「本当に、邪魔してくれたよね」
それでも俺ばっかり名前の発言にドギマギするのは悔しいから、涼しい顔をして思わせぶりな言葉を吐く。少しでも名前の中で俺の存在が大きくなれと願って。
「…時雨の馬鹿」

本当は何もかも投げ出して、その赤く染まった耳ごと抱きしめたいくらいなんだ。

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