「おいコイツ鬼龍紅郎だぞ」
これだから不良って奴はっ…!
始まりはピタゴラスイッチの如く、ファミレスで迷惑な不良が屯してて、そいつらが小さい子を怯えさせてて、それを見た守沢先輩がいても経ってもいられず不良に注意して、守沢先輩が殴られそうになったところを鬼龍先輩が止めて、不良が鬼龍先輩のこと知ってて、鬼龍先輩が不良辞めてアイドルやってるから殴り返せないのを良いことに鬼龍先輩がボコられそうになってる。最悪。
「地元で最強とまで言われてた鬼龍紅郎がこの様だぜ!」
「ダッセェやり返してみろよ…!」
カタギになった奴に手を出すのは不良じゃなくてクズなんだよね。死ぬ気で縁を切った元カレが大事にしていたラインを思い出して、滅茶苦茶な男だったけど筋は通った不良だっと溜息を吐いた。不良は不良なんだけど。
さて、こんな奴ら鬼龍先輩がその気になれば一発なのに、先輩は軽卒に殴り返せない立場だからどうしたものか…。
「お、お前ら鬼龍を離せ…!」
「守沢!お前は苗字を守っててやれ!」
守沢先輩は本当にいい男だよね。腕っ節は弱いのに突っ込んでいっちゃうからなぁ。鬼龍先輩を助けたいという気持ちと、私を守らなきゃという気持ちで葛藤しているみたい。
「ん?女の子いるじゃん」
「こんなショボい男ほっておいて俺らと遊ぼうよ」
「…行くわけないじゃん」
自分でもビックリするくらい低い声が出た。思った以上にこのどうしようもない不良どもが頭に来ていたらしい。
「悪いこと言わないからさ、黙ってついて来た方がいいよ〜?」
「東卍って知ってる?渋谷で最強の暴走族。俺ら東卍だから」
「…は?」
知ってるも何も、と言いかけた口を必死で閉じた。鬼龍先輩はともかく守沢先輩の前ではダメだ。
「トウマンがなんだか知らんが苗字は連れて行かせないぞ悪党どもめ…!」
守沢先輩が震える足を誤魔化しながら私を庇ってくれてる。こいつら思った以上にどうしようもなくてしょうもないクズだな。このままだと鬼龍先輩も守沢先輩も殴られかねない。コッチに非はないとはいえ、アイドルに不良と揉め事なんて起こさせる訳にはいかないし。
そもそも…
「ねぇ、あんた達本当に東卍?」
私が東卍と縁切ってからそれなりの時が経ってるから、知らない奴が居てもおかしくはないのだけど、こんな不良の風上にもおけない奴等が東卍にいるっていうのは違和感しかない。
「何だとコラ」
「俺こそが東卍の壱番隊隊長様だぞ!」
「ばっ…」
バっカだコイツら。
何も壱番隊隊長なんて大きく出なきゃいいのに。
「苗字、もしかしてコイツら…」
私のリアクションを見て、鬼龍先輩も気がついたようだった。このクズ達、まさか私が壱番隊隊長と知り合いだなんて思ってもみないんだろうな…
私の知ってる壱番隊隊長を思い出す。頭は悪いけど情に厚い男だった。こんなクズとは全然違う。長い髪を振り乱して喧嘩する姿はカッコいいとすら思ってしまったものだ。
「場地…」
「あ?」
「おいバジってまさか…」
「よう名前。久しぶりだな」
そうそう、こんな男前野郎でさ。
「で、お前らはゴミか?」
出会い頭に人をブン殴るような、とんでもない男だったんだよね〜。あはは…
何でいんの?
「ぶはっ…」
クズの一人が場地のパンチをモロに顔面に食らって吹っ飛んだ。相変わらず壱番隊隊長は伊達じゃない。これより更に上が二人もいるって事実が恐ろしいくらい。
「東卍の名前語るくらいなら暗黙のルールくらい知っておけや」
「あ、暗黙のルール…?」
場地、暗黙なんて難しい言葉知ってたんだ…!ファミレスの中で大暴れし始めた場地を前にして、どうでも良いところで感動してしまった。
どうしようこの大惨事。
「か、彼は味方なのか…?」
「まぁ…」
守沢先輩がドン引きしている。悪いやつでは無いんです。多分。悪いやつかもだけど極悪人ではないんです。うん。
「苗字名前名前に触るな、話しかけるな、近づくな、関わるな」
「ちょっと待って」
場地が語り出した東卍の暗黙のルールに、思わず突っ込みを入れざる得なかった。
「んでもって…!」
あー…別のクズの腹に場地の勢い良いパンチがフルスイングした。
「苗字名前を見かけたら即総長に報告〜」
ゾッ
めちゃくちゃ聞き覚えのある声が後ろからして、背筋が凍った。まさかここに奴がいる訳無いと祈りつつ、目の前にいる場地を見て場地がいるなら奴がいてもおかしくないのだと頭を抱えたくなった。
「久しぶりだなぁ苗字」
何者かに後ろから抱き寄せられた。いや、何者かなんて分かってる。現実を受け止めたくないだけである。
「…オレぜってぇお前と別れねぇから」
脅しのように低い声で囁かれた。顔を見なくても分かる。これはブチ切れてる時のトーンだ。
「名前、お前もう諦めろ」
んでもって隣からもめちゃくちゃ聞き覚えのある声がした。この溜息を混じりの低い声。こっちも顔見なくても分かる。
「ドラケンに……ま、マイキー……」
死ぬ気で縁切ったはずの元カレとその仲間達が、何故か私を囲んでいた。
「ん〜で?オレの女に手ぇ出そうとしたゴミあとどれ?オレが殴るとこまだ残ってる?」
「いやだから私もうマイキーの彼女じゃ…」
「あ?」
こっっっわ…!
オレの女とか言いつつ容赦なく睨んでくるじゃん!
「苗字!?やはり悪党どもの増援なのか!?」
守沢先輩はある意味もっとヤバい奴が出てきたのを雰囲気で察したようで、私を助けようとしてくれている。
「…待て守沢。そいつら敵じゃねぇよ。」
「そ、そうなのか!?」
「あの小せぇ方は通称【無敵のマイキー】。…苗字の元カレだ」
「ももももも、元カレ!!?!?」
「鬼龍先輩ッ…!」
「元じゃねぇっつの」
元だよ…!てか鬼龍先輩、今まで黙ってくれてたのにいきなりバラすじゃん!白状するしか無いけどさぁ!
「鬼龍だっけ?あともう一人誰だか知らねぇけど、“オレのカノジョ”守ってくれようとしてありがとうな〜」
最悪。これならクズどもと適当にデートでもして適当にこの場を収めれば良かった。