言葉や態度には表さないタイプだった。でも、時折私を見つめる視線がとても温かかったから、私は勝己に愛されてるのだと胸を張って言えた。勝己はそんな私を見て「めでてぇ奴」と鼻で笑っていた。
否定しないのが嬉しかった。

中学3年生、秋頃の話だ。

「俺は雄英に入る」
「おめでとう」
「今以上に忙しくなる」
「知ってる」
「俺は、お前を優先してやれねぇ」
「分かってるよ」
「そんなん俺のプライドが許さねぇんだよ」
「…どういう意味?」


「俺は俺のベストを尽くす。だからお前も、お前のベストを尽くせ」

最初こそしらばっくれてはいたけど、薄々そんな予感はしていた。だって私は、あの爆豪勝己の彼女だもの。
それくらい、察しなきゃ。

「じゃあな、名前」


それは勝己の優しさだった。自分を待っているだけで私の高校生活が終わらないよう、私は私の充実した高校生活が過ごせるよう、解放してくれたのだ。
すごく悲しかったし、嫌だと駄々をこねたかった。でも立ち去る勝己の後ろ姿が見えなくなるまでは、私は勝己の彼女だから。そんな見っともない真似出来なかったの。勝己の姿が見えなくなった後、大声で泣いた。


そんな、中学3年生の秋頃の話だった。


私はその後、夢ノ咲学院に進学した。徐ろに『人を支えることが出来る人間になりたい』と面接で言ったら、プロデュース科に回されてしまった。
イケメンアイドルに囲まれた、逆ハーレムな日々。なんていうのは夢物語で、現実は様々な思惑が腹の探り合いをする、戦争のような日々だった。逃げ出したいと思った事が何度もあったけど、その度に勝己の顔がチラついて踏み止まる事が出来た。勝己なら、こんな現状鼻で笑って前に進むはずだと。



『名前ちゃんは、一体どういう信念を持ってしてここにいるのかの?』

朔間さんに、そう聞かれたことがある。
私はこう答えた。

「誰よりも高みを目指す彼に、いつか胸を張って再会出来るようにここにいます」

これが、私の信念だった。

「お前も一途だよな〜。ウチの学院に、少しはいいな〜とか思う奴いないのかよ」
「いない」
よく、そうやって衣更君にからかわれた。アイドル科のみんなは、カッコいいし、難はあれど良い人達だった。
それでも、私の1番は揺らぐこと無かったのだ。


そんな事を言っていたら、勝己と別れてから10年が経ってしまった。
こんな私も結婚適齢期である。

「結婚を前提に付き合って欲しい」
「え?」

未だに勝己との再会が果たされる事は無かった。そもそも、そんな約束もしていないのだから当たり前だ。勝手に私が勝己を思い続けていただけ。
そうしてもたもたしていたら、とうとう勝己ではない別の男性から、なんとプロポーズされてしまった。

「いきなりで驚かせちゃったかな?」
「え、えぇ…まぁ、」
「でも本気なんだ」

相手の男性は、良い人だった。優しくて、温厚で、人望が厚くて。
あぁ…よく考えたら勝己とは正反対な人だなぁ。でも、この人と結婚したらきっと幸せになれる。そう思えるようなステキな人だ。そんな人が、私を想っていてくれてる。


「えっと、」

そろそろ潮時なのだろうか。
勝己が敵を倒したとニュースで見る度に、いつか再会出来るのでは、と夢を見るのは、もうお終いにするべきなのだろうか。
勝己も私の事をまだ想っていてくれてるかもしれない、なんて中学生の様な淡いを期待るのも、限界なんだろうか。



勝己を待ち続けて、1人でお婆ちゃんになっちゃうくらいなら…



ううん。やっぱりそれでもいい。
私にはやっぱり勝己しかいない。

ごめんなさいと、言いかけた時だった。


「コイツは俺が10年前からツバ付けてんだよ。他をあたれ」


後ろから無遠慮に回された逞しい腕。突然のことなのに、驚きよりも安心感が優った。
私に触れるその感触が、昔と何も変わっていなくて涙が出そうになった。

「は、え?ば、爆豪勝己…?」

「チッ…てめぇもよ、ちったぁ会いに来る努力しろや。探したわ」
「…探してくれたの?」

声が震えた。
そうしたら両頬を掴まれて、泣くなと言われてる気がしてグッと堪えた。

「何か言う事あんじゃねぇのかよ?」
勝己の言葉にハッとして、突然のプロヒーローの出現に戸惑っている彼に向き直った。
「あの、ごめんなさい!貴方とはお付き合いできません…!」
「もうこんなモブどうでもいいんだよ!!」
しかし違ったようだった。モブとは散々な言われようである。そういうところは、プロにになっても変わらないんだね。

勝己が私の言葉を待っている。
口下手な勝己は、いつも私の言葉に対応する形でしか己の意思を示してくれないのだ。それも、変わらない。

「会いたかった」
「で?」
「いつ勝己に見られても恥ずかしくないよう頑張ったんだよ、私」
「そーかよ」
「ずっと、ずっとね」
「おう」
「…ずっと、勝己の事が大好きだったよ」

やっと口に出せた。
10年、言葉に紡ぐ事が出来なかった想いは、涙と一緒に溢れ出て来た。

「しつけぇ女」

勝己は本当に変わらないなぁ。
私がそうやって言う度に知ってる、当然だろって顔してる。その顔が、大好きなの。


「勝己は?私の事好き?」
「…今際の際に言ってやるよ」

実はね、勝己がまだ私の事を想っていてくれた事がすごく意外で。
中学生みたいな夢見がちなこの恋心がまた実るだなんて、微塵も期待してなかったの。

流石ヒーロー。
私の夢を叶えてくれたんだね。


「結婚してくれる?」
「してやらないこともねぇな」

顔に満更じゃねぇって書いてあるよ。
バレバレだよ、バーカ。






−−−−−−−−−−−−
※『今際の際に言ってやる』
はうる星やつらのオマージュです。
死に際に言ってやる=死ぬ間際まで一緒にいましょう、という意味


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -