「お兄ちゃん…助けてっ」
やっぱりお兄ちゃんの言ってることは正しかった。




「イケブクロには近寄るな。」

最近のお兄ちゃんは、頻繁に私に対してそう言う。よく分からないけど、お兄ちゃんのめちゃくちゃ嫌いな人がイケブクロにいるらしい。
妹の私から見ても、正直なところ温厚というには程遠いお兄ちゃんだ。そこまで嫌われていて、生きているその人は逆にすごいと思う。常人ならとっくに殺されていそう。その人は前に一緒にチームを組んでいた人らしいけど、お兄ちゃんは私に寂雷先生以外の人を紹介してくれなかったから、そこら辺よく分かっていない。
お兄ちゃんには恩がある。両親を亡くした後
、一人でここまで私を守ってくれた。育ててくれた。お兄ちゃんはきっと、私の為にヤクザになってしまった。
それくらい私のことを大切にしてくれている。だからお兄ちゃんが知る必要の無いと思っていることは、私は知る必要無いのだ。そういった理由でイケブクロのその人件も、深く突っ込まなかった。それ程までに私はお兄ちゃんの事を信用している訳だけど、なんと今日久しぶりに喧嘩をしてしまったのだ。理由はなんともくだらない…私のスカートの丈が短いだのなんだのという話だ。
「変に色気付いてんじゃねぇ」
「自分はもっとスカートの丈が短くて胸元にボリュームあるお姉さんと歩いたりしてる癖に!」
お兄ちゃんはバレてないと思ってるかもしれないけど、妹だって意外にそういうの気がついてるんだからね。そこを指摘するとお兄ちゃんは珍しく狼狽えていた。ああだこうだ言い訳していたけど、全然筋が通ってなかった。終いには「お前はダメなんだよ!」なんて理不尽な事を言い出したから「そんなの納得できないよ!」と、私も頭に来て家を飛び出してしまった。
それで向かった先が、お兄ちゃんが近づくなと口を酸っぱくして言っていたイケブクロ。最近はお兄ちゃんの言い付けのせいでめっきり行けてなかったから丁度いい。

駅近でショッピングを楽しんだ後、サンシャイン通りの方へ。アニメ色の強い通りを横目にフラフラと徘徊していると、ガラの悪い男達が嫌な笑顔で近づいてきた。
久しぶりのイケブクロで浮かれていた心が、一気に萎んでいった。
これは、まずい。
…私はこの笑顔の意味を、何度も身をもって学んでいる。


「碧棺左馬刻の妹だよな?なんでブクロにいるんだよ」
「兄の方はムカつく顔してるけど妹は可愛いな〜」
「俺たち君のお兄ちゃんには散々お世話になったんだよ」
ここがもしヨコハマだったら、お兄ちゃんの息がかかった人が助けてくれる可能性もあった。でもここはイケブクロだ。ほとんどの人が私を碧棺左馬刻の妹だって知らないし、知ってたとしても関わりたくない人が大多数だと思う。
つまりは詰んでしまった。お兄ちゃんの言い付けを守らなかった私のせいだ。あんなくだらない事で喧嘩なんてしなければ良かった。イケブクロになんか来るんじゃなかった。
逃げられないように、腕を掴まれて血の気が引いた。
「お兄ちゃん…助けてっ」
お兄ちゃん、ごめんなさい。
お兄ちゃんの言っている事は正しかった。ここには来ないと分かっていても、反射的にお兄ちゃんを呼んでしまう私がいる。それくらいお兄ちゃんは私にとって絶対的な存在だったのに、なんで言うことを聞かなかったんだろう。
「お兄ちゃんはね〜ここには来ないよ」
「妹ちゃんは俺達と楽しい事しようか?」
震える私を見て男達は喜んでいる。だから本当は震えたくなんか無いのに、身体が言う事を聞いてくれない。
「人が来ないうちにさっさとヤっちまおうぜ」
無理やり私に触れる汚い手を見て、憎いあの男を思い出して、吐き気がした。

ごめん、ごめんなさい…
お兄ちゃん、お母さん…

せっかくお兄ちゃんが今日まで私の事を守って来てくれたのに、それを台無しにしてしまって…
昔見た血塗れの母の姿が、目に浮かんだ瞬間だった。



「てめぇら何してやがる!!」

汚い手が私に触れる寸前で、男の身体は吹っ飛ばされた。
「…お兄ちゃん?」
お兄ちゃんが駆けつけてくれたのだと思った。まるでドラマのワンシーンのように抜群のタイミングで、その人は現れた。
でも現れたその人は、背丈は同じくらいでも…お兄ちゃんとは対照的な黒い髪の人。
「い、一郎さん…!」
「女の子相手に3人でよぉ…趣味が悪過ぎねぇか?」
赤と緑のオッドアイに、泣き黒子。お兄ちゃんよりも少し逞しい背中に、目が離せなくなった。
「ち、違うんすよ!そいつはあおひ…」
「ガタガタ言ってんじゃねー!!!」
言い訳しようとした男達を、その人はワンパンで沈めてくれた。男3人がその人1人に対して全く歯が立たなかった。というより、歯向かう素振りすら見せずに沈んだ。
「ったく。拳を使わせやがって」
忌々しげに自分の拳を見るその人は、強い男の人特有の…オーラというか、貫禄があった。
かっ…
「カッコいい…」
「ん?」
「あ、いえっ…!」
思わずそう口から溢れでてしまうほど、その人はかっこよかった。ピンチに駆けつけてくれた補正も入ってるかもしれないけど、それを抜きにしてもカッコいい。
私の男の人に対する基準はお兄ちゃんが全てで、今までお兄ちゃん以上の男の人になんて出会った事無かった。出会えるとも思っていなかった。でもこの人は、お兄ちゃんと同等…もしかしたらそれ以上の人かもしれない。
「怪我はないか?怖い思いさせちまって悪いな」
「そんな…むしろ助けて頂きありがとうございました」
このは人何も悪くないのに謝ってくれた。心までカッコいい人だ。
「いや、俺のブクロでこんな事する奴がいるなんて許せねぇからな…」
イケブクロでは有名な人なんだろうか。それこそお兄ちゃんみたいに。
「あ、あの…」
「ん?」
こんなに好奇心や探究心がおさえられないのは初めてだった。知りたい、この人の事。
「お名前を…お伺いしても?」
この気持ちってもしかして…

「俺か?俺は山田一郎ってんだ」






俺は今最高に機嫌が悪い。妹の名前と喧嘩した挙句、その名前が出ていったっきり消息が掴めない。下っ端を総動員させても見つからないなんて、何かあったんじゃねぇか。それこそ俺に恨みを抱いてる連中に狙われてんじゃねぇかと、さっきから嫌なビジョンばかりが頭を過って苛々が治まらねぇ。
「こんだけ時間かけて女1人見つけられねぇのか!!あぁん!?」
「ヒッ、す、す、すいません…」
そんな役立たずには用はねぇと言ってやりたいくらいだが、名前を探す人手は多い方がいい。体たらくなお前らを見逃してやってるんだから、死ぬ気で見つけてこいと言えば下っ端どもは震えながら散っていった。全く使えねぇな。貧乏ゆすりをする俺を、誰もが飢えた獣でも見てるかのような恐怖の目で見てきた。

そんな中で、ドアがバンバンとうるさくノックされた。うるせぇ。
…よっぽどの自殺願望者がお出ましらしい。なら望み通りにブッ殺してやろうと拳を鳴らしていると、ドアは遠慮無く開いた。
「お兄ちゃん聞いて!」
そして現れたのは今まで血眼に探してた妹だった。今朝の怒りはどこにいったのやら、むしろこんなにテンションの高い名前は珍しいと感じるくらい、ご機嫌になっていた。
その笑顔に全てを許しそうになったが、妹相手とはいえ俺にも威厳というものがある。これだけの人間を動かした後なら尚更。
「…テメェ、俺に何か言う事あるよな?」
「あ!今朝はごめんね!そんな事より〜」
あっさりと謝りやがった。おいコラそんな事ってなんだ。こちとら本気で心配してたんだからな!!!
まぁ…今回ばっかりは俺様も悪いところがあったし許してやらない事もない。
なんて、この喧嘩も終わりか…と煙草に手を伸ばした時だった。
「好きな人が出来たのっ!」
「…あぁん!?!?」
前言撤回だ。殺す。
名前をじゃない。相手の野郎をだ。
「…どんな奴だ?」
冷静になれ俺。
相手がどんな奴か分からないと殺せねぇ。殺意を抑えて、とりあえず特徴を聞き出すんだ。
「変な人達に絡まれてたところを助けてくれた人なんだけどね!」
そいつらも殺す。苦しめて殺す。
名前に絡んできたという事実も許せねぇが、俺の妹が変な野郎に出会うきっかけ作った事も許せねぇ。楽に死ねると思うなよ。
「背はお兄ちゃんくらいで〜」
「ほう」
当然そのくらいなきゃな。ヘボい男が名前の隣を歩くなんて許さねぇ。まあどんな男でも許す気は更々ねぇが。
「黒髪で泣き黒子があって」
「…ん?」
一瞬嫌な男の顔が浮かんで、滅茶苦茶不快な気分になった。
紛らわしい野郎だな。彼奴は彼奴で絶対いつか殺す。
「赤と緑のオッドアイで」
「待て」
ちょっと待て。本当に待て。

「山田さんっていうんだって!」

「ブッ殺す!!!!」
背が俺くらいで黒髪で泣き黒子があって赤と緑のオッドアイの山田っつったら彼奴しかいねぇだろうが!!!!!
「二度と一郎に近寄んなよ!!」
「え、何で下の名前知ってるの?」
山田一郎、あんな偽善者に名前をやってたまるか!!
「昔の知り合いだ!」
「仲取り持ってよ!」
「雰囲気で嫌ってるって察しろよ!!!」
絶対取り持ったりしねぇし、そもそも好きでいる事自体許さねぇからな!?
「…何でそんな事いうの!?初恋なのに…お兄ちゃんのバカ!!」
「あん待てやコラっ!!」
せっかく帰ってきたというのに、また出て行った名前。
逃げ足ばっかり早くなりやがって!
「俺は絶対ぇ認めねぇぞ…」

一郎は次会ったら絶対に殺す。






一方山田家では。

「今日ラノベのような展開で女の子と出会って好きになっちまった…」
「兄ちゃんが惚れた女の子!?どんな?」
「名前聞きそびれた…」
「僕が調べますよ一兄!」


その後その女の子が碧棺左馬刻の妹だと知ってまい、1人頭を抱える三郎がいた。



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -