所詮はやっぱり人の子だった



自分の背中で力無く眠っている静雄を、やっと辿り着いた自分のベッドにそっと横たわらせた。
優しく痛んだ金色の髪を撫でて、寒くないようにありったけの布団をかけてやる。
寝かせた衝撃で静雄がゆっくりと瞳を開く。何度か瞬きをするも、視界がはっきりしないのか焦点の合わない目で俺を見つめてきた。

「…ぁれ、ここ…」
「起きたか。俺ン部屋だぞ。も少し寝てろ?熱が引くまでな」
「…‥ぁぃ…」
「そんな起きてるのも辛いなら早く言ってくれりゃぁよかったのによ、馬鹿だなお前も」

とろ、とろん、と眠そうな目を必死にこじ開けようとする静雄を早々と安らかな眠りにつかせ、俺は自分の部屋の冷蔵庫を漁る。
飯はさっき喰ったし、あとは何だ。あれか、氷枕とかそんなんか?でも考えてみてもそんな大層なモンはこの家にゃありゃーしない。
恋人にはめちゃくちゃ気を使うのに、自分に対しては無頓着なモンだからそんな看病グッズみたいなもんは無い。
冷蔵庫を目を凝らして隅々まで見てみるも、入っているのは酒と酒とあと腐った野菜。いつのだよコレ。
腐った野菜クズをゴミ箱に放ると、俺は買い物に行って来ようと思い立つ。あいつを無事に帰還させねば。
弱っている静雄を一人にさせておくのにはちょっとばかり気が引けたが、腐っても成人男性なので心配無いだろう。
よく眠っている静雄にそっと触れるだけのキスをして、俺は買い物に出かけた。冷えピタとか後は静雄が大好きなプリンを買って来よう。

プリンを与えた時の静雄の綻んだ顔を想像してにやけながら、軽くスキップして家路に着く。
俺はすぐさま後悔した。病人をほったらかしにしなければよかったのだ。
ガチャリと重たいドアを開けると、奥の方からゼホゼホと訳の分からない擬音が聞こえてくる。そういえば時刻は夜。
夜になると熱が上がって咳が出るんじゃ…、とその擬音の正体が分かった俺は思いっきり眉間に皺を寄せて静雄の前に急ぐ。

「静雄ッ!」

静雄は必死に手繰り寄せた毛布を握り締めて、次から次へと出てくる咳に耐えていた。
買ってきた物が入った袋をドサリとその場に落とすと、慌てて静雄の傍に駆け寄って背中を擦ってやる。
ゴホンゴホンと引っ切り無しに止まらない咳に苦しんでいる静雄は、縋るようにシーツを掴んでいる。どうしよう、全然止まらねェ。
背中を擦る手を止め、落とした袋から先程購入してきたスポーツ飲料の入ったボトルを取り出すと、キャップを開け自分の口に含む。
静雄の顔をこちらに向かせ、一か八か、静雄の唇へとその液体を注ぎ込んだ。
喉がカラカラだから咳が止まらないんだ。飲み物を注ぎ込んでしまえば、治まるはず。
勘が当たったのか、コクン、と飲み込んだ静雄はようやく咳が落ち着いたのかハァハァと息を乱しながら生理的な涙に濡れた顔を上げた。

「…ハァ、ハァ‥ッ…ありがと、ござ…ます、」
「おいおい大丈夫かよ、俺が悪かった、もうどこもいかねぇから。ゴメンな」
「……?」

何とか自分の呼吸を取り戻してニコリとお礼を告げる静雄がとても儚く見えて、俺は申し訳ない気持ちで一杯になった。
思わず熱で火照った体を抱き起こしてギュウギュウと抱き締めてやる。それは静雄が『苦しいですよ、』と微笑みながら告げてくるまで止める事はなかった。
横になっているより起き上がった方が咳が出なくて楽だというので、俺もベッドに上がり壁に背をもたれさせて静雄を後ろから抱きしめる。
その周りを毛布で囲んで、完全防備だ。俺の脚の間にすっぽりと収まる長身で細身の姿は、なんとも滑稽である。
後ろから首筋に手を当てると、静雄は冷たさに驚いて体をビクリと震わせた。

「熱、まだ上がってるみてェだな。ほら、薬買ってきたから飲め」
「……、くすり、キライっス…」
「ガキかお前は」
「…ガキでいいっス…」

口を尖らせて、薬は苦いから嫌いだと拗ねる静雄の姿は何だか新鮮だ。
もっと苦いであろう煙草は平気でバカスカ吸っているのに、薬は苦いから嫌なのか。
何この可愛い生き物。愛しすぎる。知らず知らずの内に頬が緩んでいる俺に、まさかのトドメを刺すような一言。

「トムさんが…ッ!…さっきみたいにして飲ませてくれたら、飲んであげてもいいです…ッ」
「…へ?‥さっきみたいって、口移しで飲ませたポカリのことか?」
「……は、イ…」

静雄自らが望んでいるらしい、口移しという行為。俺は咄嗟にそうやって飲ませてしまったが、静雄がそんなに喜んでいるとはしらなんだ。
風邪がうつるとかそういう概念は静雄の頭には無いらしいので、ニヤニヤしながら薬を手に取り自分の口に放り込むとそのまま静雄に口付けてやる。
そのままポカリも飲ませて、よしよしと頭を撫でて、ギュッと毛布越しに火照った体を抱きしめてやる。本当に可愛い生き物だなこいつは。
満足したのか、静雄はフニャリと笑って俺に体を預けてきた。もっと話していたいみたいなのだが、薬が効いてきたのか語尾が怪しくなってきた。
むにゃむにゃと言い始めた静雄に、そのまま寝ちまえと耳元で囁く。どこか安心したように、静雄はそのままの体勢でコトンと眠りに落ちてしまった。

「起きたらプリンもあるからな、早く元気になってくれ。このままじゃ俺の身が持たん」

そのむにゃむにゃの言葉の中に、「すき」という言葉が含まれていた事に気付いた俺の顔は、静雄の熱が伝染したかのように真っ赤になっているだろう。
落ち着いて眠っているらしい静雄を今更横にさせる事も出来ず、俺たちはその体勢のまま朝を迎える事となる。
鬼の撹乱と称されたこのちっぽけな珍事件も、ようやく幕を下ろす事になった。



(俺が爆発して塵になったら、静雄がその塵を集めて再びまた俺を成形してくれるって事をほんの少しだけ願っている)






end.


本当はお粥作りのためにキッチンに立っているトムを、しんどい体を動かしてまで後ろからこっそり見つめている静雄とかを書きたかったのですが入れる余地が無かったです。
その話はまた別の機会に。ゴホゴホする静ちゃん可愛いですよね、きっと。だっこが書けて幸せです。

since*2010.04.16 なか

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