高級マナーガヤガヤと少々騒がしい店内で、何故か奴は挙動不審になっていた。赤林だ。 と言うのも、現在俺達がいるのは某高級レストラン。 なんとかって言う高層ビルの十一階にあり、そこでは名の知れたコックが思う存分料理を奮っている。 俺も人から聞いた話なので詳しい事は良く分からない。 どうしてこんな場所でこいつと二人きりで食事しているのかは、原因であるこの目の前のおっさんに聞いて欲しい。 いや、俺もおっさんなんだけどよ。 店員に言われるがままに通された席に座り、出された水を飲み、今に至る。 何でたかが水がワイングラスに入ってんだ。コップでいいじゃねぇか。 しかもなんだこのフォークとナイフの量は。 どれを使えばいいんだ、そしてナプキンはどこに敷くんだ。前掛けにすんのか?それとも膝にそっと置くのか? 嗚呼、俺の知らぬ世界がまだここにある。 赤林は赤林で、俺と同様出されるがまま水を飲み、ナプキンを襟元に巻いて少し落ち着いたようだった。 キョロキョロすんな馬鹿が。一々可愛いんだよ、ここで犯すぞこん畜生が。 「ねぇ、青崎さん?こんなトコ、おいちゃん達にはちょっと合わないんじゃないかぃ」 「…るせぇな、でっかい蟹が喰いてぇ、ったのはテメェだろうが」 「だからっていきなり高級レストランは荷が重すぎるんじゃないの。もの凄く浮いてるような気がしてならないんだけどねぇ」 「折角喰い方が汚ェお前の為に個室風の所にしたってーのに、文句ばっか言うな」 「個室?!これの何処が個室?!衝立が一枚あるだけで会話駄々漏れじゃないかぃ!」 「そんなに文句があんならテメェ一人で帰れ。蟹は俺が有難く美味しく頂いといてやる」 「………‥、」 ふん、と鼻息荒くそう吐き捨てると、急に奴は大人しくなって蟹の到着を待った。 本当に素直じゃねぇな、このおっさんはよ。 照れてんのが丸分かりなんだよ、さっきから。 水を飲む回数も尋常じゃ無いし、ナイフやフォークを落ち着き無く弄ったり、何度も自分のサングラスを指で直したり。 俺も来た直後はちーっと動揺しちまって落ち着きが無かったかも知れんが、今は冷静さを取り戻している。 よく考えてみれば、きちんと二人ともスーツを着こんでいるしいい加減良い年なのだからこんな場所にいたって可笑しく無いだろう。 いや、至極普通の事だと思うんだが。少し周りよりもデビューが遅かっただけだ、高級レストランの。 いつも安くせぇラーメン屋とか出前で済ませちまうから、高級なんちゃらの知識に疎かっただけなのだ。 そんなどうしようもない事をぐだぐだと考えている内に、本来の目的である蟹料理がご到着された。 清潔感のある白い大皿に乗せられたタラバ蟹は、何やら餡かけのような物がかけられていてとても美味そうである。 食欲のそそられる非常に良い匂いがこちらまで漂って来て、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。 「ほう、美味そうだねぇ。じゃあ早速足から」 俺は、赤林の目がキラキラと子供のように輝いているのを見逃さなかった。 蟹は赤林の好物だ、当たり前か。 子供のように顔を綻ばせて、美味い美味いと蟹を平らげていくこいつの姿を、俺は満足するまでニヤニヤといつまでも眺めていた。 頬杖を付きながらぼんやり見つめていると、そんな俺に気が付いたのか赤林が動かしていた手を止めた。 「青崎さん、喰わねぇのかい?さっきから黙っちまって」 「いいんだ、お前が全部喰え」 「さすがにおいちゃんでも蟹丸ごと一匹は喰いきれないんだが」 「いいから、お前が喰っちまえ」 「…変な人だねぇ、優しい顔しちゃって」 「俺の顔が優しく見えるのか?」 「ち、ちが…、ゴリラみてぇな顔だなって言ったんだよ!」 「ははっ、そうかそうか」 「…あの青崎さんが、笑ってる…」 俺の明らかに可笑しな態度に、赤林は不気味そうに首を傾げている。 しょうがねぇだろ、俺自身だって吃驚してんだから。 いつもはこの程度の会話ですぐ喧嘩になんのに、今はこれっぽっちも怒りが沸いて来ない。 目の前で一生懸命蟹を頬張ってやがる奴の面を見てると、笑いさえ出てくる。 そればかりか、愛しいとさえ感じる。何だこりゃ、蟹効果か? ナイフとフォークがあるのに結局はワイルドに手掴みでもしゃもしゃ喰ってて、相変わらず喰い方が汚ぇ奴だ、と思う。 いがみ合ってるばかりじゃなく、たまには休戦すんのもいいだろう? 喧嘩ふっかけて来んのは、構って欲しいサインだって事位、知ってんだからよ。 「赤林、この後時間あるか?」 「何だい、急に」 「その蟹喰い終わったら、モーテル行こうぜ」 「モッ、モーテル?!なんでそんな話に」 「腹が膨れたら、適度な運動‥ってな」 「あっ…、青崎さんは一々言う事なす事が下品なんだよぅ…」 「今更俺らにマナーもへったくれもあるかよ」 「…しょうがない人だねぇ、本当に」 顔を真っ赤にしつつも、こくんと恥ずかしそうに頷いたって事は…肯定とみなしていいんだよな? そうと決まれば身体は非常に正直な物で、身体の奥底から性欲がムクムクと沸いて来た。 早く喰え、と奴をせかすと「青崎さんも手伝っておくれよ」なんて情けない声が返って来る。 俺はお前が美味そうに食べてくれるだけで満足なのに。 取り皿に入れてこちらに寄越して来るが、直ぐに突っ返した。 「青崎さん、ここ来てから何も喰ってないじゃないか」 「いいんだよ、俺はお前を喰うから」 「なっ…?!…本当に、恥ずかしい人だよ…、」 とは言いながらも、早く平らげようと必死に口を動かしているこいつに、俺は思わずくすりと笑った。 お前だって、早くモーテルに行きたいんじゃねぇのか。違うのか? 最後の一口を見届けて、俺は席を立つ。 つられて席を立とうとした赤林の髪をくしゃりと撫ぜて、蟹が付いている唇をサッと奪った。 「蟹、美味かったな」 「…馬鹿野郎が」 咄嗟に口元を掌で覆った赤林の顔は、モーテルに到着するまでずっと赤いままだった。 (いつも同じ反応すっから、ついからかっちまうんだよな) (TPOってーのを、少しは考えろってんだよ。このエロゴリラが) end. since*2011.05.09 水沢 結局二人は仲良しって話。 昔の人はラブホの事をよくモーテルと言います。 |