貴方の優しさに包まれたい



昨日の仕事終わりに、「明日トムさんの部屋行っていいですか」と聞かれたので断る理由も無く即いいよと返事をした。
事前の口約束しなくたって、突然訪ねて来ても快く受け入れてやるのによ、律儀なモンだぜ。
彼はまだ、俺に遠慮しているらしい。口を開けば言う事と言えば、「壊してしまわないか不安で」やら「俺みたいな奴なんか…」やらマイナス思考な事ばかり。
もうそんな事ごちゃごちゃ言わなくたっていいんだよ静雄。俺が全部まとめて、愛してやるからよ。

そして本日午後イチの昼下がり、彼はやって来た。ただのインターホンなのにそれすらも遠慮がちに聞こえるとはどういう事だろうか。
ピン、ポン、と頼りなくインターホンが鳴るので俺は愛する彼を出迎えるべく玄関へと急ぐ。
ガチャリと玄関のドアを開けると、いつもの金色の彼がいた。とりあえずギュッと抱き締めて、中に入れてやる。
これまた遠慮がちに「トムさん、」と微笑むので、堪らずキスを送ると彼は照れたように笑った。
彼を抱き締めたままリビングに戻り、二人掛けのソファに二人で並んで座る。

「静雄、何か飲むか?」
「…いいっす、もう少しこのままで‥」
「‥しず、お…?」

彼の様子が何か可笑しい。そういえばこの部屋に入った時からなんだか違和感はあった。
とにかく覇気がないのだ、彼に。部屋に入ってすぐは笑顔を見せていたものの、ソファに座ってからはずっとだんまりを決め込んでいる。
たまに溜息を吐いて、ぼんやりと目の前のテーブルを眺めている。段々その重そうな溜息が増えてくるから、俺は心配になり彼に問う。
俯いたままの彼の顔を覗き込んで、額に掌を当ててみる。うん、熱はないようだ。

「どした静雄、元気ないな」
「…あたま‥いたい…っす」

そう辛そうに呟いた彼は、こちら側へぐったりと身を預けて来た。
さっき熱が無いか確認はしたものの、もしかしたらこれから熱が出るかもしれない。風邪の前兆だろうか。
たまにズキン、と大きな波が来るのか、彼はぐっと何かを堪えるように顔を顰める。
俺はもう見ていられなくて、自分の膝をぽふぽふと叩いた。彼を少しでも癒してあげたい。

「大丈夫か?…ちょっと、トムさんの御膝おいで」
「ふぁい‥」
「ん、いい子だな」

座っている俺の膝の上に跨るように、彼はなんの躊躇いも無く身体を預け座って来た。
そのままベショリと音を立てて俺に覆い被さると、ぐったりと身を寄せる。
腕は自然と俺の背後にまわり、力なく抱きしめて来る。俺も答えるように左腕を静雄の背中に回し、右手を静雄の頭にやった。
彼の頭をゆっくり、痛さを与えないように優しく撫でてやると、「楽になった気がします」と弱々しくありながらもちょっとだけ楽になったようなトーンで返事が返って来る。
だがしかしいかんせん彼の顔色が良くなる事は無い。よーく間近で見ると、青ざめているような気もしてくる。本当に大丈夫か、こいつ。
もう俺の膝から動く気力も無いのか、うぅ、と唸ったまま俺の肩口に顔を埋めている。重症のようだ。
彼の身体の負担にならないようなるべく動かないで、しばらくよしよしと髪を撫でていると、彼の瞳がとろりと揺らいできた。
身を寄せ合い、ぬくぬくとした暖かさのために眠くなって来たのかもしれない。
瞳はぼんやりと俺を映しているものの、もうほとんど視覚の機能の役目を果たしていないようだ。
とろん、とろり、と何度も必死に瞬きしている様が可愛くてしょうがない。

(嗚呼、眠いんだな)

そう悟った俺は、デレデレに頬を緩めて髪を撫ぜるのを止める。
代わりに空いた右手で彼の背中をゆっくりと叩き始めた。

「‥そのまま寝ちまえ、静雄」
「………ん‥、とむ、しゃ‥」

優しいトーンで静かに囁くと、静雄はようやく決断したのか瞳をすっと閉じる。
ゆったりと、一定のリズムを保ちぽん、ぽん、と背中を叩かれるその行為に、静雄はとろり、と眠りに吸いこまれて行った。
身体が不調の時は睡眠が一番だ、なぁそうだろう。きっと俺の前じゃないと安心して眠れなかったんだよな。
ここなら普段彼が目の敵にしているヤツも追っては来れないだろうし、だからこそ俺を頼って来たのではないかと。
そう、勘違いをしてもいいのか?静雄。

次に目覚めた時には元気になっているだろうか。
俺の存在が薬の代わりになればいいと少々自惚れた事を考えながら、自分もそのじわりと暖かい心地良さにゆっくりと目を閉じた。

(具合悪いの我慢してまで俺の部屋に来たいなんて、お前も相当な馬鹿だよ、静雄)
(…だけど、元々来る約束をしてたとはいえ、俺を頼って来てくれたみてぇですごく嬉しかったよ)




end.

since*2010.05.14 なか

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