夢か現実か



泥沼の中から意識が浮上する。寝ぼけ眼の目を擦り、窓を見やるとまだ薄暗い。夜が明けそうだ。
しかし、携帯の時計は起きてしまうのにはまだ早すぎる時刻を指している。ゴロリと体勢を変えると、すぐ見えるのは痛んだ金髪。
昨夜共にベットインした、隣でぐっすりと眠っている静雄を心行くまで堪能する。
口むにゃむにゃしてら、可愛いなぁ。うん、可愛い可愛い。あー俺、すげぇ変態っぽい。
寝てるこいつは恐ろしく色っぽく、そして可愛い。思わずこちら側にそっと抱き寄せて、薄い唇を奪う。
ん…、と顔を顰めるも、静雄は寒いのか何なのか、今度は自分から寄り添ってきたのだった。

「…む‥さ…、」

これは寝言だろうか。自惚れている?いや、彼は確かに今、俺の名を呼んだはずだ。
彼の夢の中に自分が出て来ているのかと思うと、無条件で顔が綻ぶ。
まぁ、悪い気はしねェよな、うん。よしよしと金色を撫ぜてやりながら、目の前の彼の意識が浮上するのを待つ。
すると、半分起きたのか半分寝てるのか分からないが、彼は俺の脚に自分の足を巻き付けて、さらに身体を寄せて来た。
うりうりと顔を俺の胸板に擦りつけ、何度も何度も唇は「とむしゃん、とむしゃん、」と言葉を紡いでいる。
なんだこれは、天使か。生殺しも良いとこだぞ静雄。起きてんなら起きてるって言ってくれ、襲う準備は整っているぞ。

「‥、とむ…しゃ、ん‥」
「はいはい、お前のトムしゃんですよー」

最終的に寝ている彼の寝言に対して、会話を始めてしまう始末。もうどうしようもない程の馬鹿である。
そして俺は物凄く油断していた。こうして、ニヤニヤと愛しい彼に独り言を呟くぐらいには油断していた。
彼が、こいつが、静雄が、俺の身体を寝ぼけたまま力いっぱい抱きしめて来たのだ。
抱き締めて来るまでならいい。ただ抱き締めるだけなら。そうだな、ひとつヒントをやろうか。まだ静雄は、しっかり起きていない。
という事は、だ。普段はきちんと意識があり自分の怪力も操れるのだが、今は眠っている。いや、起きているかもしれない。
でも起きている彼は、俺に対してこんな事はしない。絶対にだ。彼の中での俺への認識は、「壊してはいけない大切な人間」だからだ。

「うぁ、ギブギブッ‥静雄、起き、起きてッ」
「んー…、、」

バキバキとあちらこちらから骨の軋む音がする。もしかしたら折れているかもしれない。それ以上は怖くて考える事を止めた。
未だ彼が起きる気配は無い、そうするとこれは非常に困った事態だと、現実と意識がイコールされる。
あれ、俺はもしかしたら今日死ぬかもしれない。助かったとしても全身複雑骨折か、下手したら内臓が…。
あーッ!もう駄目だ駄目だ、考えるのは止めだ、とにかく目の前のこいつを早くなんとかしないと。
しかし両腕と両足はがっしりと彼にホールドされているという悲しい現実が突き付けられている。
俺は彼と付き合ってから初めて、不覚にも涙が出そうになった。

「‥ッ、しず、ぉ…くぅッ‥、」

お願いだから早く起きて、神に祈ったっていい、お願いだから、早くッ、ジーザス!
そんな俺の声が届いたのか、ようやく彼がもだもだと身じろぎ始める。これはチャンスだと、必死にもがいてアピールする。
腕からすら、俺は逃れる事が出来ないのだ。ちょっと待ってくれ、右腕に力が入らない。もしや折れたか、参ったな。
全力で抱きつかれるとこうなる事を、心の中にしっかり刻みつけておこう。
いや、多分、彼が本当に本気で抱きしめてきたら、俺は粉々に砕けてしまうだろうが。

「ふぁッ…トムさ…?ちょ、うわ俺何して…?!すんませんッ!」
「ハァ‥ッ!はぁ‥、はぁ…ッ。お、はよ…静雄」
「おはようじゃないっす、トムさん本当にごめんなさいッ、俺、俺ッ…」

はっきりと目が覚め、俺を力いっぱい抱き締めているという現実をすぐさま理解したようだった静雄は、慌てて自分の腕を解いて俺を放してくれた。
バッと起き上がり俺の変な方向に曲がった腕をガン見した後、驚いていた表情は、一瞬でぐしゃりと歪み泣きそうな程悲しげな表情へと変化する。
泣きそうな?違うな、間違えた。がっつり泣いてら。切れ長の大き目の瞳から、ボロボロと涙を零してしゃくり上げながら、「ごめんなさい」をひたすら繰り返している。
そんなにメソメソ泣くなよ、静雄。池袋最強の男に力いっぱい抱き締められたその代償が腕一本だなんて、幸せ過ぎると思わないか?
なんたって俺は、池袋最強の男を一人占め出来るただ一人の人間、だからな。こんな事、絶対本人には言ってやらねぇけどよ。

「静雄、泣くな」
「‥ッふぇ、トムしゃ‥ッ、でも、でも俺ッ、!」
「いーから。俺は大丈夫だから。後でお前の同級生の闇医者んトコにでも行くからよ」
「後でじゃ駄目れす…ッ、今すぐ連れていきます、背中乗ってください!」
「んな焦るなって静雄…まずはお前を落ち着かせる事の方が大事。どうやったら正気に戻ってくれっかなァ静雄」

折れていないもう片方の腕で自分の身体を支え、俺も起き上がり静雄と同じ目線になった。
まだえぐえぐメソメソと泣きやまない彼の頭をぐしゃ、と撫ぜてからその掌を頬へ伝わせる。
そのまま下の方まで手を這わせて、それが口元まで来ると親指を伸ばして、キスの代わりに下唇を撫ぜる。
俺はもう、右腕の痛みで意識を保つ事すらやっとな状態だからだ。キス出来なくてごめんな静雄、お前キス好きなのにな。
痛みのおかげで意識が朦朧としてくる、これは参った非常に参った。こいつが自分の殻に閉じ籠もってしまう前に、言いたい事一杯あったんだけど。
身体が言う事を聞いてくれないようだ…。ふわり、トサッ。自分の身体が宙を移動して、静雄の胸板にしっかりと収まってしまうのが分かった。
右腕だけじゃなく、全身が避けてしまうように痛い。口も回らなくなって来た。言いたい事がありすぎて、何から言えばいいのか筋道を立てる事すら億劫だ。
とりあえず、胸板に収まったまま動かない俺に驚いて必死に俺の名を呼ぶ静雄に、俺は大丈夫だから、と伝えたい、の、に。

「トムさん…ッ、」
「…‥ぅ‥しず…、…」

なんという事だ、俺の記憶は、ここまでしか、無い。意識が無くなるまでに色々な事が脳裏を過った。
彼は、自分ばかりを責め続けて、己を蝕む罪悪感に苛まれないだろうか、と。
彼は、俺が目を覚ましたら笑顔で迎えてくれるだろうか、と。
自分が起きた瞬間の第一声が、「ごめんなさい」で無ければいい、と。

とりあえず目を覚ましたら、右腕が動かなくたっていい。彼を全力で抱き締めてやりたい。
いっぱい綺麗な金色の髪を撫ぜて、たくさん薄く魅惑的な唇にキスをして、「お前は悪くないからな」と安心させてやりたい。
恐らく目尻に涙を零れる程溜めて泣いているだろうから。目元も赤くなって、鼻水もだらだらと垂らしているだろうから。俺が目を覚まして、この考えている事を全てやり終えたら。

(こんな事ぐれぇじゃ俺は壊れないからよ、安心してくれ静雄)
(これからどんな事があろうとも、俺がお前を愛す事に代わりは無い)
(だから安心して、もっと遠慮無く俺を抱き締めてくれ)
(………これがお前の本気、って受け取ってもいいんだよな)
(お前が俺を全力で抱き締めてくれる度に、俺はお前に最高のキスをひとつ贈ろうじゃないか)
(だってお前、俺がしてやるキス、好きだもんな?)

意識が無くなっても、目の前が真っ暗になっても、俺はきっとこんな事ばかりを繰り返し考えている事だろう。
自惚れている。そうさ認めよう、俺は自惚れている。だってそれほどに彼を愛しているのだから。
身体が軽くなった気がした。嗚呼、そろそろ意識が浮上する。俺は何から話せばいいだろう。

目を覚ました途端飛び込んでくるのは大粒の涙を流す金髪で、思い描いた通りのストーリーが始まるようで少々苦笑いする。
俺がする事はまず、この泣き虫をよしよしと宥めて、優しく声をかけて安心させる事だろうか。
それから安心しきった所に、彼のコンプレックスである怪力を褒めちぎって、べたべたに甘やかしてやるのだ。

さあようやく長い長い夜が明ける。
夢の中で考えていた事を、実行する時が来たようだ。

(なぁ静雄、お前のソレは長所だ。気にする事はないんだぞ)
(もちろん今日の事があったからって、俺と一緒に寝ないっていう選択肢は無しだ)
(お前が嫌がったって、俺はお前の隣で寝続けるんだからな)
(……だってお前が寝ている枕元で、こっそり囁きたいんだよ)
(愛 し て る ってな)



end.

since*2010.05.11 なか
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