触れ合うほっぺた



窓が木枯らしのせいでガタガタと悲鳴をあげている。もうすぐ寒い季節に突入するようだ。
親戚から蜜柑が沢山送られてきたから消費を手伝ってくれ、と静雄宅に呼ばれたのはほんの一時間前の事。
古い石油ストーブの上にはたっぷりお湯の入った薬缶が乗せられていて、シュンシュンと音を立てている。
熱々のお湯で入れたコーヒーを飲みながら、少し小さな少人数用の炬燵に二人で入っていた。
これは先日、あまりにも生活感の無い静雄の部屋に俺が買い与えた物である。ついでに言えば、ストーブも。
季節が冬に近付くと、いつも鼻声で事務所にやってくる静雄に不信感を抱き問い詰めたらこれである。
暖房器具が無い、食べるだけで精一杯で買えるだけのお金が無いのだと静雄に告げられた。
今までどうやって生活していたんだか、ついこの間の出来事を思い出すと自然と溜息が洩れる。

「トムさん、どうかしましたか」
「あ、いや何でもねぇよ」

彼は俺の向かいの席に座って、もぐもぐと蜜柑を頬張っている。こちらを訪れてからずっとだ。
狭い玄関に置いてあるダンボール箱を見ると、大量に送られて来たという蜜柑は少し痛んでいる。
腐ったら捨てれば良い、という考えの出来ない優しい優しい静雄はこうして無心で蜜柑を頬張っていた。可愛い奴め。
俺も負けじと蜜柑を剥いて白い筋を取る行動に移る。静雄はこの白い筋が付いていると食べれないらしい。
丁寧に蜜柑を剥いて塊を半分に割り、さらに小さな粒にしてしまうと俺はそれを静雄の口に近付けた。

「ほら静雄、あーん」
「え‥ちょ…!いいっすよ自分で喰えますって!」
「いーから、トムさんがこうしたいの。だから喰え、上司命令だぞ」
「命令とか…ずるいっすよ、トムさん…」

少し頬を染めた彼は、恥ずかしそうに俺の手から蜜柑を食べた。
そしてもぐもぐと忙しなく咀嚼してしまうと自分の蜜柑を一生懸命剥き始める。どうやら同じ事をしたいらしい。
俺は別に白いヤツが付いててもまったく構わないのにそれは習慣からなのか、静雄は丁寧に蜜柑を剥くとそれをこちらに差し出してきた。

「トムさん、こっちも食べて下さい。…し、静雄命令です…ッ」
「ありゃ…可愛い事言うようになったべ。トムさん嬉しいなぁ」

そんなに照れる位なら言わなきゃ良いのに、こいつは。
彼の指から、蜜柑を頂く。ついでに蜜柑の汁が付いた指も舐めてしまうと、彼はびくりと肩を揺らした。
真っ赤になった彼がこちらを見て来る。これだから彼をからかうのは止められない。
くすくすと思わず声を殺して笑うと、頬を膨らまして蜜柑を投げて来た。パシ、とそれをキャッチする。
どうにかこの場を和ませようと受け取った蜜柑のお尻から人差し指をブスリと差し込む。
彼の方にそれを向け、指をくねくねと動かし甲高い声を出しながら蜜柑を操った。

「ユルシテクダサイシズオサン」
「…はは、なんすかそれ。蜜柑人形っすか?」
「ミカンニンギョウデハナイゾ、ワタシハミカンセイジンイチゴウダ」

俺の恥ずかしい演技に腹を抱えて笑いながら、彼はふと別の新しい蜜柑を手に取る。
自分の指に同じように差し込んでこちらに向けると、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ俺は二号ですね」
「…静雄‥」

無意識にお互いがテーブルに手を付き、身を乗り出す。
口づけたキスは、甘くてちょっと酸っぱい蜜柑の味がした。


シュンシュンと未だに薬缶が音を立てている。
気が付けばもう窓の外は真っ暗だった。星が瞬いている、とても綺麗だ。
薬缶をストーブの端に寄せて、ふと炬燵の方を見やると彼はテーブルに頬を寄せうだうだと眠そうにしていた。
この部屋はとても暖かい。先日から物凄く快適になったのだ。暖かいと眠くなる、彼はそのまま身を任せて眠ろうとしている。
自身の両腕に囲まれた彼の顔を覗き込めば、彼は至極幸せそうにかろうじて半分開いている瞳でこちらに視線を向けた。
眠いなら寝ちまえばいいのに、彼はそれをしない。俺が居るからだ。
そう思うと俺は嬉しくなって、彼に近付いて隣にもぞもぞと入り込む。狭い。

「静雄、もっとはじっこ寄れ」
「…?‥ふぁい、」

一生懸命眠気で重たい身体を動かして端に寄るが、彼はまたテーブルと仲良しになった。
仕方ないから俺も彼と同じ体勢になる。目の前には静雄、お互いの顔がこぶし一個分まで近付く。
いつもはカサカサの彼の唇も、蜜柑を食べていたお陰で潤っている。
吸い寄せられるようにちぅ、と音を立てて口付けると、照れ臭そうに、けれど幸せそうに彼は微笑んだ。

「このまま寝ちまおうか」
「…風邪引いちゃいますよ…」
「炬燵で寝たら、母ちゃんに怒られちまうな」
「怒る人なんて…ここにはいませんよ…、‥んぅ…」
「………そう、だな」

先程から眠そうだった彼は、そのまま闇に吸い込まれるように眠りに落ちて行った。
もぞり、ともっと身体を近付け、頬をぴとりと寄せてから俺もそのまま目を閉じる。
実は大分眠い、静雄の睡魔が移ってしまったようだ。嗚呼、炬燵って恐ろしい。

(あ…今、すげぇ顔近い)

目を覚ましたら、彼はどんな反応をするのだろうか。
驚いて飛び退くだろうか、もしかして恥ずかしくって固まってしまうだろうか。
そんな事を考えながら、俺の意識も深い闇へ闇へと吸い込まれて行ったのだった。




end.

since*2010.10.22 なか

トム静幸せ企画「トムさんと俺」様に提出させて頂きました。有難う御座いました!
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