世界中を味方につけて



高校時代密かに付き合っていた俺と門田は卒業と同時に小さな8畳1Kのアパートに住む事になった。
所謂同棲と言う奴だ。ルームシェアという言い方をしないのは、お互いにずっとずっと愛しい気持ちがあるから。
一緒に住み始めてからは、軽く新婚生活の気分を味わわせてもらっている。

俺達は、同棲を機に池袋を離れた。俺が昔から望んでいた、小さな田舎町で…と言う希望を門田は叶えてくれたのだ。
大きなスーパーもデパートも無いこの町にあるのは本当にこじんまりとした規模の商店街。
この商店街へ買い物に行くのが、俺の日課となった。
此処は池袋じゃないから俺が大嫌いな喧嘩をする事も無いし、目立つ事をしなければ怪力についてとやかく言われる事も無い。
門田が用意してくれたこの環境と生活に、俺は大変満足していた。幸せだ。
その門田は、今日も自分の船で沖に出ている。
彼は高校卒業後と同時に、漁師になった。小さな釣り船も買った。
決して裕福な生活では無いけれど、俺は門田が居てくれさえすれば満足だった。門田がどう思っているかは分からないけれど。
漁師の彼が帰って来る前に商店街へ買い物に出るのが俺の仕事。門田の希望で現在俺は専業主婦だ。
財布ひとつでアパートを飛び出す。部屋の中には取られて困る物は置いてないし、鍵はかけないでそのまま出る。
今日は何にしようか、と商店街をうろうろしていると次々にかけられる温かい声。

「静雄ちゃん、これ持ってって!」
「門田さん、これも持っていきなよ」
「静雄くん!こっちも良いのが入ったよ!」
「…いつもすみません、頂きます」

そう、俺は彼と一緒に住み始めてから自分の姓である平和島ではなく、門田と名乗っている。
俺達を知ってる奴は一人も居ないし、門田と名乗れるのは俺にとってもかなり嬉しい事だ。
だが都会から急に田舎へ引っ越してきた人間というのはどこでも目立つのか、あっという間に顔を覚えられてしまい今ではこの有様。
財布一つで身軽に商店街へやってきても、直線を描くアーケードを一往復しただけで3日分は買わなくてもいいんじゃないかと言う位の食糧を町の人のご厚意で頂ける。すっかり気に入られてしまったようだ。
毎度毎度申し訳ないなぁと思いつつ、両手一杯に与えられた食料を抱えて自宅へ戻った。
これでは財布を持ってきた意味がまるで無い。

「さてと、あいつ帰って来る前に飯作らねぇとな」

どさりと頂いて来た食糧をシンクに置き、着ていたカーキ色のトレーナーの腕を捲る。
そしてシンクの上の材料を見比べながら、今晩の献立を考えるべく頭をひねった。
旬だから、と言う理由で頂いてきた秋刀魚と同じ理由でこれまた頂いて来た茄子。
この栗は湯掻いて、食後にテレビを見ながら門田と二人で食べよう。
後は彼の大好物の玉葱の味噌汁を作って、ご飯を炊く。
秋だし、和食で決まりだな。そうと決まれば早速手を動かす。もう時間が無い。
おかずも仕上がり御飯が炊き上がる頃、玄関の方でゴソゴソと音がした。門田が帰って来たようだ。
温めていた味噌汁の火を止め、パタパタと玄関へ向かう。

「おかえり、門田」
「おう、ただいま静雄」

どちらからともなく、触れ合うキス。お帰りのキスだ。
何年経ってもお帰りのキスだけは続いている。
腰を抱き寄せられ門田に近付くと、香ってくるのは磯の匂い。
門田の指先が、トレーナーの裾から侵入して俺の乳首を…って待った待った。

「門田、今はダメ。御飯冷めるだろ」
「悪い…お前が可愛い服着てっから、つい」
「何だよ可愛い服って…ただのトレーナーだろうが」
「ただのトレーナーだけど、俺の服だろそれ。俺の服着てるとか可愛いじゃねぇか」
「それは俺の服、全部洗濯しちまったからで…ちょ、かどた!」

指先をわきわきさせながら向かって来る門田の頭をベシベシと叩いてキッチンに戻る。
ちょっと油断すればすぐこれだ。門田のエロ魔人め。
飯すぐ用意できるから、と門田を部屋に通して俺は作ったものを温め直して盛り付ける。
出来た物を部屋の中央に置いてあるちゃぶ台に運ぶと、門田は箸を持って待っていた。

「お、美味ェじゃん。静雄、また腕あげたんじゃね?」
「こら、つまみ食いするなよ」
「静雄も早く箸持ってきて喰えよ、美味いぞ」
「…ったく」

それから俺達は、他愛も無い会話をした。
門田の仕事の話や、俺の今日の商店街での出来事の話、明日は何をするかなど色々。
御飯を食べながらついいつも見てしまうのは、門田の後ろの壁に飾ってある額縁。
額縁には、俺と門田が書いた婚姻届が入っている。
ある日突然門田が持ってきた婚姻届に、お互い笑い合いながら書いた。判子まで押して。
日本では法律で同性同士の結婚は認められていないから、役所に提出出来る訳もなく。
行き場を失ったその紙切れは、こうして俺達が生活している空間に大事そうに保管してある。額縁、という形で。
提出は出来ないけれど、書いて残しておく事だけなら出来るから。
これを見る度、俺は幸せな気持ちになる。思わず、顔が綻んだ。

「何笑ってんだよ、静雄」
「いや…、幸せだな、って思って」
「そうか。お前が幸せで居てくれるのが、俺の幸せだぞ」
「門田…」
「静雄、愛してる」
「…俺だって、ずっとずっと愛してる…門田」

ちゃぶ台を挟んで交わしたキスは、食べていた秋刀魚の味がした。秋だ。
今更ながら何年経っても門田を名前呼び出来ないのは、学生時代の癖が抜けないから。
けれど、それで良いと思っている。
名前を呼んでしまったら、こわれてしまう。
彼を好き過ぎるこの押さえている気持ちが溢れてしまって、どうしようもなくなってしまうのだ。
だから、門田でいい。あいつもきっと、それで良いと思ってくれているだろうから。

さあ、明日も幸せな一日が始まる。






end.

since*2010.10.15 なか

ドタ静企画「あたたかくあれ」様に提出させて頂きました。ドタ静ラブ!
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