二人分の重さお前は人殺しなのだから、何も望んではいけないのだ。 「………ッうぁ!!」 あまりにも生々しいフレーズが脳裏に過ぎり、慌てて飛び起きた。 「…人殺し、か」 ぽつりと呟いておもむろに額に手をやると、寝汗でびっしょりの自分に驚いた。 そして、今までの事が夢だと気づく。 ふと隣を見ると、一緒に寝ていたはずのサンジがいなくなっていた。 窓越しに外を見やるともう薄暗い。 半日以上も夢に魘されていた事になる。 思わず苦笑いしながら、サンジのいるキッチンへ行こうと床に手をついて立ち上がる。 足に思うように力が入らず、再び驚いた。 (俺はこんなにも弱っちい人間だったのか…?) 変な夢に魘されたぐらいで。 「まだまだ甘いな…俺も」 「何、ブツブツ言ってやがる。やっとお目覚めか?寝腐れ剣士」 「…っ!サンジ…ッ」 突然聞こえてきた声に、後ろを振り返ると煙草を銜えたサンジがドアに凭れ掛かり、こっちを見ていた。 「…るせぇ、飯だろ?今行く」 「まぁな。それもあるが…」 「ん?そういや、もう夕方じゃねぇか。朝飯に起こさねぇなんて珍しいな」 「起こそうと思ったさ。けどな、魘されてる人間を起こすのは俺の趣味じゃねぇ」 「……そんなに酷かったか」 「あぁ、凄かった。柄にもなくちびっとだけ心配したぜ」 「ちょっとかよ…ま、悪かったな…」 また苦笑いし、立ち上がろうとするとサンジが傍に寄って来た。 そして、口元を僅かにゆがめながらゾロを抱き寄せた。 「…サンジ?」 「何抱えてるか知らねぇがよ…辛いながら頼れよな」 「駄目だ…。俺に触ったら、真っ白なテメェが汚れるぜ」 「は?何言ってんだ」 「……しばらく近づかないでくれ」 「ちょっと待てよゾロ」 「いいから!分かったな?!」 サンジの腕を振り解くと、ゾロは立ち上がってどこかへ消えた。 「こんなお前を見て見ぬふりしろってのかよ…」 辛そうなゾロの後姿を、サンジは黙って見つめていることしか出来なかった。 気づいたら夕飯も喰いっぱぐれて、ゾロは甲板の定位置に刀を三本預け、ついでに背中も預け、胡坐をかいて座っていた。 酒も飲みたかったが、サンジに何か言われるのが嫌だった。 逃げるように、自分のテリトリーにいる。 空を見上げ、ぼんやりと朝のあの夢を思い出した。 お前は人殺しなのだから、何も望んではいけないのだ。 「好きで人殺しになったんじゃねぇよ…」 頭を抱えながら溜息をつくと、目をきつく閉じて俯く。 人殺しではない。 剣士をやっていくには、人を殺さないわけにはいかない。 野望を果たすための、目標のミホークだって、いずれはこの手で殺めなければいけないのだ。 真剣でやり合えば、負けたほうは死ぬ。 仕方がなかった。 「……人殺したら、何も望んじゃいけねぇのか…?」 こんなにも、サンジの事を愛しているのに。 この手で抱き締めたい、口付けたい、あわよくばセックスだって。 触れることさえも、望んではいけないのか…? 「…何バカな事言ってんだよ…クソマリモ」 びくりと肩を揺らして顔をあげると、そこにはやはりサンジが煙草を燻らしながら立っていた。 なんだか顔は、とても寂しげだ。 煙草を海に放り投げると、コツコツと足音を立てながら座っているゾロに近づく。 そして、ゾロの横に来るとそっとしゃがみこんだ。 「サンジ…近づくなって、」 「そんな馬鹿な理由で俺を近づけない気か?ふざけんな。テメェの訳わかんねぇ夢に振り回されてたまるかよ」 「馬鹿だと…?俺は人殺しなんだ、間違いじゃない」 「人は殺した事あるだろうが、お前はいい人殺しだ。好きでやってんじゃないんだから、いいだろう別に」 「……、」 「野望のために、これから斬りたくない奴だって斬ってしまうかもしれない。もちろん、斬らなきゃいけない奴も斬るかもしれない。テメェは剣士だ。斬るのは当たり前だ」 「あぁ…、」 「お前が人を殺めるたびに俺は、こんな…寂しい思いをしなくちゃいけねぇのか?お前が望まなきゃ、俺だって望めねぇじゃねーか」 「サンジ…」 「テメェは俺の全てだ。とっくの昔に、テメェに全てを捧げている。俺からお前を取ったら、何も残んねぇんだよ…ゾロ」 唇をギリッ、と噛み締めて、サンジがゾロに抱きついた。 首にゆるく両腕を巻きつけると、ゾロの膝の上に座り込んだ。 お互い向かい合う体勢になり、ゾロが慌ててどかそうとするがサンジがそうはさせてくれなかった。 サンジは必死に涙を堪えている。 ごまかす様に、サンジはそっとゾロに口付けた。 「ンッ…、ゾロ…。俺を捨てる気かよ…。くだらねぇ夢に惑わされるな、全てを望め」 「……望んでもいいのか…?俺は…」 「いいに決まってる。俺が許す…ッ」 「サンジ…ッ、好きだ…」 「俺もだ…、クソ野郎…ッ」 心の中で何かを決めたのか、ゾロはずっと触れたかったサンジを抱き締めた。 片腕は腰、もう片方はサンジの後頭部に回されている。 ゾロからも、そっと唇に口付ける。 サンジの様子を確かめるかのように、慎重に。 口付けてから顔を離すと、サンジの頬に涙が伝った。 「おまえ…泣くなよ、俺の事なんだから」 「お前の事は、俺の事でもあるんだよ…ッ」 「大変な奴だな、お前は」 「っるせぇ…ッ、ゾロ、もっとキス‥」 「今日はやけに素直だな、エロコック」 「今日だけだ…エロ剣士‥、ッンぅ…」 涙の跡を、ゾロが舌で綺麗に舐めとる。 そっと見つめあってから、催促されていたキスを再び唇へ落とした。 唇に舌を割り込ませ、中で大人しくしているサンジの舌をつんつんと刺激してやる。 変に興奮しているようで、ぶるりと身震いしてからサンジも答えるように舌を絡ませた。 しばらくしてからゆっくりと互いの唇を離すと、銀色の妖しげな糸を引いた。 「ゾロ…、俺もう、やべぇ…」 「……安心しろ、俺もだ」 「…ここでいい、早くしやがれッ」 「見られてもしらねぇぞ」 「見せつけてやれよ…な、ゾロッ」 「たまんねぇよ、テメェは」 お前は人殺しなのだから、何も望んではいけないのだ。 (俺ァ、悪い人殺しじゃねぇんだ。サンジがいる限り、全てを望むぜ) この後、ナミにうるさいと注意されて二人ともあられもない姿で1時間怒られるのはちゃっかり2ラウンド終了してからだった。 end. since*2007.01.15-2007.01.22 水沢 |