看病と熱と君の温度



しくじった…ダリィ…。

朝は決まって、サンジがフライパンをおたまで叩く音で目が覚める。
周りがその音で一斉に起き上がり、キッチンへと駆け込んで行く中、ゾロだけが遅れを取った。
自分の体の異変に気がついたのだ。前兆はあった、前日から。

「…ゴホッ」

体がダリィ、喉が痛ェ、頭もガンガンする、咳も出る。
きっと、熱もあるだろう。
ゾロが自分の額に手を当ててみると、思ったよりも熱かった。
まずい、咳なんてしてるトコ見られたら、あいつらに気づかれちまう…。
それどころか、最後は笑われて『バカでも風邪なんて引くのね』なんて言われてしまうのがオチだ。
エスカレートしてゆく熱を抱えながら、ゾロはキッチンへと向かった。

「おいテメェ、遅かったじゃねーか。メシならねーぞ」
「うるせぇ、俺は俺の寝たい時に寝るんだよ」
「そんじゃあ一生寝とけ、緑頭」

毎度毎度同じ事言いやがって…。
ブツブツ呟きながら席に着くと、あいつの言う通りテーブルは綺麗に片付けられていた。

結局俺は朝食を摂らず、酒だけかっ喰らってキッチンを出た。
早く横になりてェ…、あ、ダメだ。いつもは船尾でトレーニングしてる時間だ。
やらねぇと変に思われる。熱のせいで多少フラつきながらゾロは船尾に向かう。
途中で立ち寄った倉庫で、でかい錘のついたトレーニング用具を拾って。

「111…112…115…!」

全力でそれを振り回しながら数を数える。

「マリモー、マリモちゃーん」
「…っるせぇな、バカ眉毛」
「折角おやつ持ってきたってーのに、なんだよその態度」
「今日はいらねぇ、テメェで喰いやがれ」
「……お前いい加減にしろよ?朝飯も食ってねーじゃねぇか。体の具合でも悪いのか?」
「テメェには関係ねぇ。トレーニングの邪魔だ、あっち行ってろ」
「お前さぁ、恋人の俺様に向かってそれはないんじゃねぇ?こないだもこんな聞き分けのねぇ事言ってぶっ倒れたくせに」

そう言えばそうだった。
まだこの船に船医がいなかった頃、俺は一度体調不良を隠して倒れた事がある。
そのときだって、俺が調子悪かったのを唯一見破ったのがこの船のコック、サンジだった。

* * * * * * * * * * * *

俺の体が急に発熱したのは、ウイスキーピークを過ぎた辺りだったか。
島を出た三日後ぐらいに、酷い倦怠感に襲われた。
真っ直ぐ歩く事もままならず、俺はこっそりと倉庫に身を隠した。

「ハァ…、ハァッ…、クソッ」

壁に背をどかっ、とぶつけ床にずり落ちる。
昨日の、腹巻をしないまま腹を出して寝てたのが悪かったか。
もうここから動くのも億劫で、ごろりと床に寝転がった。

「ダメだ…修行が…たりねぇ‥、」

胸に手を当て、ゼイゼイとひっきりなしに出てくる荒い息を落ち着かせる。
と、その時。誰も来ないだろうと思ってた倉庫の扉が開いた。

「おらクソマリモ!倉庫の酒盗もうったってそうはいかねぇ…っておい?」
「…ッ、盗もうなんて思ってねぇよ…、出てけばいんだろ…ッ」
「ゾロッ、お前様子が…」

またイライラする奴が来やがった、と思い壁に手をつき慌てて体を起こそうとするがそれは無理で。
せっかく必死に立ち上がろうとしてるってのにクソコックの奴…
倒れそうな俺を抱きとめやがった。

「おいゾロ…!……お前、酷い熱じゃねぇか!」
「…ッたいした事ねぇ、寝れば治る」
「…アホか!治るかよッ。来い、ウソップに頼んでベッド作ってもらおう」
「んな…面倒臭い真似すんな…俺は平気だ…」
「これが平気な面かよ…。そんなに嫌なら俺が抱きかかえて連れてくぞ」
「……アホが…ッ」
「心配なんだよ、俺の気持ちも分かりやがれッ!クソ野郎!」
「さ、んじ…」

結局俺はサンジにお姫様抱っこで倉庫を出て、サンジの腕の中で意識を失った。
サンジの胸は酷く心地良く、いい匂いがした。

*  *  *  *  *  *  *

俺はこいつに、何ひとつ隠し事ができねぇのかもしれない。

ようやくお昼をまわり、船内も落ち着いてきた。
船員達の様子を見ると快適な温度らしいが、俺にとっては暑い…暑すぎる。
朝から上がる熱は、たった今最高潮に達したらしい。
視界が揺らぐ、船が進むせいで出来た波の動きを見るだけで吐き気がする。
気分悪ィ…、まいった…。しょうがない、

「汗流して寝るか…」

そう決断し錘を片付けようと錘に手をかけた時、酷い立ちくらみに襲われた。
ぐにゃりと視界が揺らぎ、思わず床板に足をついてしまった。

「ッぅ…、」

立とうとしているのに立てない、足が震える。
周りも歪む、体勢を立て直そうと錘を掴もうとした手も、とうとう床板に投げ出された。

*  *  *  *  *  *  *


―――――― ザァアアア………ッ

雨が降り出した。
昼間とは打って変わっての大降りだ。

「オイ野郎共エサだ!ナミすわ〜ん、ロビンちゅわ〜ん!ディナーの用意が出来ましたよ〜ん!!」
「お、メシか?!今日はなんだ?!」
「クソゴム!みんな揃ってねぇんだからまだ喰うなよ!」

時間は夕食時。
サンジの号令でゾロゾロとキッチンに船員達が集まる。
辺りを見回し、全員揃ったかと思えばあの緑頭が足りない。

「あんなろ…ッ、朝も昼も抜いといて晩飯も喰わねぇ気か!」
「ゾロなら船尾で錘ふりまわしてたぞ〜」
「朝からやってるくせにまだ振り回してんのか?!雨にも気づかねぇのかあのアホは!」
「そんなに心配ならサンジ見て来いよ、もしかしたら寝てるかも知れないし」
「ったく…、みんな喰っててくれ。仕方ねぇから様子を見て来る」
「剣士さん、何もなければいいわね」
「ないわよ、あのバカに限って」

みんなが口々に呟きながら食事を始める。
サンジの叫び声が聞こえるのは、あと数秒後のことである。

「どこだ〜寝腐れ剣士〜。おーい…ってうわ、ゾロ?ちょっと、起きろって」

階段を降り船の後ろ側へと向かう。
船尾はゾロの陣地のようなものだ。あそこでいつもアホみたいに串だんご振り回してトレーニングを行う。
また寝てるのか、と思いつつ辺りを見回すと、それはもうびっくり。
うつ伏せになって倒れているのが見えた。
俺は慌ててゾロに駆け寄り、抱き起こした。
体が冷え切っていて顔色も真っ青だ。
いつから雨に打たれていたのか分からない、頬を叩いてみてもピクリともしない。
ゾロの横には串だんごが転がっている。
そっと口元に耳を傾け、呼吸の確認をする。
わずかだが息がある。しかし、浅くて早い。

「やっぱ調子悪かったんじゃねぇか…クソが」

よっこらせ、とゾロを両手で抱きかかえキッチンに戻る。
変な筋肉つけやがって…重いんだよ、クソ野郎が。
…まぁ、この重さも幸せの重さってか。

「チョッパー!ゾロが倒れた!見てくれ」

大声でチョッパーの名を呼びながら、キッチンの隅にあるソファへゾロを降ろす。
チョッパーは自分の診察鞄を抱きかかえて慌ててゾロの傍へやってきた。

「体が冷え切ってるな…まずは暖めて、様子を見よう。何で倒れたのか分からない」

お湯を沸かして、部屋を温かくして、と指示が出たので回りはばたばたと動き出した。
船員全員は驚いている。
目の前のゾロが、こんな状態で気を失っているという状況に。

「…ゾロ…ゾロッ…」
「サンジ、取り乱しちゃダメだ。みんな、有難う。ナミ、ここじゃダメだ、ベッド使いたいんだけど…」
「いいわよ、サンジ君、連れていってあげてくれる?」
「は、はいっ!」
「ゾロの体温が戻ってきて、きっとこれから高熱を出すと思う。ウソップたちは氷の準備をしてくれるか?」
「お、おう!任せとけ!!」

俺はまだ動かないゾロを抱きかかえて女部屋へ行く。
ロビンちゃんがゾロを下に降ろすとき、能力を使って手伝ってくれた。
そしてベッドにゾロを降ろす。
体温が戻ってきて、呼吸がはっきりしている。
ゼイゼイと胸板を揺らして酷く苦しそうだ。
時折咳もまじっている。

「チョッパー、どうだ…?」
「……多分、風邪だ」
「風邪?ゾロが?」
「そうだ。ゾロだって人間なんだから、風邪引くのなんて当たり前だろ」
「…そうね、人間…ですものね」
「この様子だと、ついさっきの状態じゃないぞ?みんなゾロは風邪なんか引かないと思ってるから、ちょっとした変化も見落としてしまうんだ」
「…朝から変だと思ったんだ、飯も食わねぇしおやつも喰わねぇし」
「ゾロは朝から何も口にしてないのか?」
「酒を一瓶開けた」
「酒だけ飲ませてどうするんだ!このままじゃ体力もたないぞ…」
「いや、もしかしたら昨日もそんなに喰ってないかもしれねぇ」
「なんだって…?ゾロには呆れたよ…。なんで我慢するんだ…」
「俺たちがゾロの話をまともに聞こうとしないからさ」
「…サンジ…」
「みんな、キッチンに戻ってくれ。ご飯を食べたら部屋に戻ってゆっくり休んで。片付けとゾロの面倒は俺が見る」
「ダメだよ、サンジも寝ないと」
「チョッパーだってついてくれるんだろ?交代で寝れば大丈夫さ」
「うん…」

そして女部屋からは人の気配が消えた。
チョッパーがせっせとゾロの診察、看病をしている。
ゾロの意識が中々戻らず、俺は心配で心配でたまらない。
片付けの最中、動揺して皿を一枚割っちまった。

「酷いなこりゃ…。好きな奴が寝込んだぐらいで動揺するなんて…」
「サンジ君」
「…ナミさん…」
「ゾロ、目が覚めたみたい。消化のいいおかゆか何か、作ってあげてくれないかしら?」
「ほ、ほんとですか?!‥わかりました、すぐ作りますっ」
「お願いねッ」

ナミさんは嵐のように去っていった。
なんせ俺とゾロの仲は船公認だ。
だからゾロが倒れた時酷く動揺している俺を見ても、誰一人何も言わなかった。
ナミさんの後姿を見つめながら、俺はおかゆを作る準備を始めた。
すぐにおかゆなんて無理だろうから、リンゴも摩り下ろしておこうか、それとミネラルウォーターも大きいグラスに入れてもっていこう。
早く元気になるといいな、そう願いを込めて。

「チョッパー、ゾロの具合どうだ?」
「さっき目が覚めたんだけど、よっぽど辛いみたいだ。またすぐ眠っちゃった」
「そうか…。やっぱりすごい熱だな」
「40度近くあるんだ。インフルエンザかもしれないからゾロには近づかないほうがいい」
「嫌だよ、うつってもいいからゾロの傍にいたいんだ」
「……でも、」
「大丈夫だチョッパー、心配するな。あとは見てるだけでいいんだろ?俺が見るよ」
「…しょうがないな、サンジもゾロも。間違っても交尾なんかしちゃだめだぞ!」
「しねぇよ、ったく…」

パタン、と部屋の扉が閉まる。
チョッパーが座っていたイスに腰を降ろしてゾロの顔を覗き込む。
酷い汗、熱、呼吸。
額に乗せてあったタオルを水で冷やして絞り、また額に乗せる。
ウウン、とゾロが呻いて体を捩った。

「ゾロ…なぁ、ゾロ」

耳元でそっと囁いてみる。ゾロには悪いと思ったが、おかゆが冷めちまう。
何度か名前を呼ぶと、重い瞼をゆっくりと開いた。

「ゾロ…。大丈夫か?」
「…ッん‥じ…、ッゴホ」
「うわッ、起きなくていい!辛いんだから大人しく寝てやがれ!」
「……かぜ、うつしちまう…あっち行ってろ」
「うつんねぇよ、だから居させろ」
「アホ眉毛…」

顔をふいっとそっぽ向く。
照れてんだ、こいつ。カワイイ。

「おかゆ持ってきたんだ。喰えそうか?」
「……何も、喰いたく…ねぇ」
「朝から喰ってないんだから何か喰え。体力持たないって、チョッパーが言ってたぞ」
「喰ったら吐きそうなんだ…喰いモンを粗末にしたくない、だから喰いたくねぇ…」
「なんでこんなになるまで黙ってたんだよ…。ったく、リンゴだけでも喰え」
「いらねぇ…って、サン…ッんぅ」

余りにも強情なもんだから口移しでリンゴを食わせた。
それが、いけなかった。

「うし、食ったな」

コクン、とゾロの喉が鳴るのを確認してもう一口、と思い摩り下ろしたリンゴの入った器を持ったらゾロの方から変な音が聞こえてきた。

「…うェ‥ッ、ゲホッ!」

パッ、とゾロの口元を見ると先ほど食べさせたリンゴを吐き出しているではないか。
それも、それが引き金になったのか他の胃のモノまでもせりあがってきてしまう勢いで嘔吐している。
口元を押さえて大量の涙を零し、苦しそうに咳混じりに背中を揺らしている。

「…!!ゾロッ、悪ィ、そんな食べれないなんて…ゴメン、ゾロ…。全部吐いちまえ」
「ゲホゲホッ!おェ‥ッ、ゲェッ…!」
「本当に何も受け付けないみたいだな…落ち着いたか?着替えよう」
「…ゴホッ、テメ…、はぁ…。…もう出てけ」
「え、何言ってんだよ…無理矢理食わせたから怒ってんのか?」
「もう出てけって言ったのが聞こえなかったのか!」
「ゾロッ…」

ゾロは自分で服を脱ぎ口元と嘔吐した物をそれで拭うと、布団を被って背中を向けてしまった。
嫌がらせのつもりじゃなかったのに…。
もうゾロが話を聞いてくれないのが分かると、俺はたまらなく泣きそうになった。


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