堕ちて、ゆく



彼は現在無職だ。所謂ニートという奴である。
同じ高校を卒業してから、初めはいくつかの職を転々としていたものの、先月彼はついに職を探すという行為すら止めてしまった。
そして今、彼は俺のアパートに転がり込んでぐうたら生活を送っている。かれこれこの生活も、気がつけばひと月経つ。
働いているのは俺だけ。彼は一日中俺のアパートでごろごろして、テレビを見て、気が向いたら風呂に入って、俺がいる時にだけ飯を食べる。
彼は破壊的に家事能力が無い。だから飯も作れないし、皿だって洗えないし、洗濯も出来ないし、風呂も沸かせない。
かと言って金も持っていないのでコンビニで飯を調達しようともしないし、俺が帰宅するまで物を食べようとしない。酷い駄目人間である。
ひたすら万年床の布団にごろごろと横たわって、俺の帰りを待つ。

「帰ったぞ」
「…おかえり」

今日も夜遅く、仕事を終え自宅に帰宅すると電気も付けていない薄暗い部屋の中、彼は布団からむくりと起き上がる。
それからもそもそと玄関まで歩いて来て俺の姿を確認すると、のしっと両手で抱きついて首筋に頬を擦り寄せた。
これはいつも通りの儀式である。彼は人肌が恋しいのか、俺が自宅にいるときはべったりとくっついて片時も離れない。
金魚の糞のように、トイレまでついてくる始末だ。
ただ一言、「さみしい」と口に出して言ってしまえばいいものを、彼は決してそれをしない。
べったりとくっついて、たまにキスをしたり強請ったりして、風呂も一緒に入って、隙間無くしっかりと抱っこのように抱きしめてやらないと眠らない。
一体彼の何が、ここまで堕落させてしまったのだろうか。
言葉を上手く喋れない赤子のように、彼は俺に対して酷く甘えている。

「かどた、ご飯」
「はいはい、今作るから待ってろ」
「一緒に作る」
「お前が手伝うと台所が戦場になるからよ、それはまた今度な。とりあえず顔洗ってこい」
「…わかった」

しょんぼりのそのそと背中を丸めて洗面所に向かう姿を見るのも、もう慣れてしまった。
自分が破壊的に料理が出来ない事を知っていて、彼は「手伝う」やら「俺も作る」やらと言い出す。
彼はただ、俺と一緒に居たいだけなのだ。それは分かっている。
ジャバジャバ、キュ。と顔を洗っているらしい音の中、ぐぅ。と腹の虫が聞こえて来た。
まぁた昼飯抜いてゴロゴロしてたのか、しょうがねぇ奴だな。
自然と顔が綻んでしまうとか、俺も相当堕ちたモノだよなまったく。
そんな事を考えつつ、手早くあり合わせの材料でチャーハンとコンソメスープ、それから少し黒く変色したキャベツの千切りを作ってリビングにある小さな丸いちゃぶ台に運ぶ。
顔を洗い終えたらしい彼は、既にちゃぶ台の前に鎮座していた。

「先に洗い物済ませてくっから、静雄は喰ってていいぞ」
「…かどたも一緒がいい、洗い物なんて後でいいだろ?」
「本当にしょうがない奴だな、じゃあ洗い物後回しにして、食べるか」
「おう、腹減ったぞ。…いただきます」
「はいよ、召し上がれ」

飯を食べる時も向かい合わせに座ればお互いスペースに困らないだろうに、彼は俺の隣でもそもそとチャーハンを貪っている。
もうすっかり見慣れた光景になってしまった。
俺も甘えて来る彼の頭を時折くしゃりと撫ぜながら、食事をする。髪を撫ぜると、彼はとても嬉しそうにはにかんだ。
このひと月で彼の体重は大分落ちてしまった。前は抱き締めると丁度良い位だったのに、今は抱き締めた腕が余ってしまう。
何とかして俺の不在時も飯を食べさせたいと思い昼飯を毎日ちゃぶ台に乗せる事も一時期していたが、「ひとりでご飯食べるのいやだ」と一蹴されてしまった。
作ってもそういう理由で食べないと言うのなら、金を渡してコンビニで調達して来いというのも無理な話で。
だから俺は彼の昼飯を作る事を止めたし、彼も昼飯を買おうともしなかった。

「ごちそうさま」
「お粗末様でした、と」

彼は俺に生かされている。俺はその事実に少々自惚れている所もあるのだと思う。だってこの生活が楽しいのだ。
止めなければいけない、彼はもっと全うに生きなければいけないと心のどこかで感じている部分もあるのに決してこの生活を止めようとしない。
俺も止めようと思わないし、彼も止めたいと思っていないだろう。でなければこんな生活とっくに終わっている。
お互いがお互いに依存しすぎていて、もはや何が悪い事なのか判別がつかないのかもしれない。

「そろそろ寝ようか、静雄」
「うん、門田明日も仕事だもんな」
「明日仕事から帰ってきたらマッサージしてくれよ」
「いいぞ?全体をまんべんなく揉んでやる」
「ありがとうな、大好きだぞ静雄」
「俺も愛してる、かどた」

この生活に終止符を打ってくれるのは一体誰なのだろうか。
それは他でも無い自分達が動かなければ、決して終わりが来る事はないのだが俺達はまだ分からない。
底辺の底辺までこの堕落しきった生活が、異常だと言う事に。

(おやすみなさいかどた、明日も頑張れよ)
(静雄お休み、明日もお前の為に頑張るよ)

嗚呼、堕ちてゆく。


end.

since*2010.06.11 水沢
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