brawl_2



○花井side○

その日、俺が家に帰ったのは夜九時を過ぎた頃だった。
ガツガツと晩御飯をかっ込んでシャワーを浴びて一日の疲れを落とし、部屋に戻ってさて宿題でもしようかと鞄を開けたのが十時頃。
自分の机の前に座り、何気なく鞄を開けた瞬間。
出てきたのだ、あれが。コロリと。そりゃぁもうあっさりと。
田島と絶交、別れるとまで俺に言わせた原因が。
俺は、自分から血の気が引いていくのが分かった。

(…え、ちょっと待って。何これ。何これ…!)

音を立てて床に落ちたそれを拾い上げると、わなわなと手を震わせながら掌を見つめる。

(なんでよりによって、自分の鞄の中から出てくんだよ…ッ)

俺は今日、田島に絶交だと言わなかったか?
俺は今日、田島に別れると言わなかったか?
俺は今日、田島に話しかけんなと言わなかったか…?
昼間の自分の失態が、ぐるぐると頭の中で駆け巡る。

(俺はあいつになんて事を…!)

声が震えている。前が涙で見えない。
俺はなんてあいつに言い訳したらいいんだよ。
そりゃぁ田島に別れるって言ったけど、別れたい訳が無い。
こんなに好きなのに、別れたい訳無いよ…ッ。
じわじわと目尻に溜まった涙はやがて、するりと頬を滑り落ちた。

(たじま、ごめん…ッ)

*  *  *  *  *

野球部の朝は早い。
今日も、いつものようにグラウンドに行ってグラ整から始めなければならない。
グラウンドに向かう足が重い。
自分が全て悪いのだと、分かってしまったから。

「おはよー花井!」
「…おはよ…」

すれ違った栄口に挨拶されるも、いつものように明るく挨拶は出来なかった。
そして、目の前には田島がいた。
当たり前か、いつも早いもんな。朝は。
しかし、自分から「別れる」まで言ってしまった手前、口なんて聞けなかった。
田島は声をかけようとしてくれたみたいだけど、俺は変なプライドが邪魔して田島と無言ですれ違った。
すれ違い様の田島は絶望的な表情で、しばらくその場で呆けていた。

(変な意地張ってんじゃねぇよ俺…ッ)

明日明後日と日を重ねるうちに、間違いでしたと言い出すのが辛くなるのは分かっているのに。
俺は俯いて下唇を噛んだ。

「花井、ちょっと来て。話があるんだ」

これもまた昼休みの事だ。
もう向こうから話しかけて来る事は無いと思っていたのに、俺は田島に呼ばれた。
昼休みが始まると同時にズカズカと七組に入り込んできて、田島に腕を掴まれたまま俺は屋上に連れていかれた。
田島は怒っているようだ。
当たり前だ、罪もないのに勝手に決め付けて怒鳴りつけたのは俺だ。
屋上に到着するなり、田島は俺に諭すように問いかけてきた。

「俺昨日いっぱい考えたけど、やっぱりシャーペンなんて知らないんだ。そんで、花井と話できないなんて嫌なんだ…!」
「…田島…」
「俺は別れるなんて思っちゃいないけど、花井は別れたいんだよな?…俺はこんなに好きなのに…」

田島は、悲しそうに目を伏せた。
ダメだ、言わなきゃ。今、言わなきゃ。

(俺だって、別れるのは嫌だ…ッ)

「違うんだ…。田島、違うんだ…ッ」
「…はない…?」

昨日泣いたばかりだというのに知らず知らずのうちにまた涙が流れてきた。
ダメだ、泣くな…ッ。
不思議そうに、田島がこちらを見ている。

「…シャーペン、あったんだよ…。自分で、持ってたんだ…ッ」
「花井…」
「なのにおれ、おれ…ッ!たじまの、せいに、して…ッ、」
「もういいよ、花井…」
「ごめんな、ほんとごめんッ…たじま、許して…!」
「いいよ、俺。花井と別れなくてもいいなら。絶交取り消してくれるのなら」

その言葉に、嬉しくて声が掠れた。
ボロボロと涙が溢れてくる。
掠れる声を搾り出すようにして、俺は全てを帳消しにした。

「別れなくていいにきまってる…!絶交だって、したくねェよ…ッ」
「うん、ありがと。花井、ありがと。大好きだよ」

田島は怒っていなくて、笑顔で俺を抱き締めてくれた。
実際は俺のほうがガキだったのだ。
勝手に喧嘩のタネ振りまいて、一人で拗ねて暴言吐いて、田島傷つけて。
けれどやっぱりプライドが高い俺は、ぐしゃぐしゃの泣き顔を見られたくなくて田島の肩口に顔をグリグリと押し付けた。
そんな俺に、田島はそっとキスをくれた。

「たじま…、すき…。すきだよ‥」
「ん、俺もだよ…。もう絶対別れるとか言うなよな、凄い傷ついた」
「…ごめん、ごめん…ッ」

俺の涙が止まるまで、田島はずっと抱き締めてくれていた。


昼休みももう終わる頃、二人で七組の教室に戻ると水谷と阿部が驚いたようにこちらを見ていた。
二人の視線は、俺と田島の手に釘付けだ。
出て行く前は辛気臭い雰囲気だったのに、今は仲良く手なんか繋いでいるのだから。
いつもはこの手の事は拒む俺も、今日ぐらいならと。
田島へ対してのお詫びのつもりで、握った手に力を込めていた。

「あ、花井おかえり〜。心配したよー!」
「水谷、ごめんな。けど、もう大丈夫だ」
「…なんだよ、もう仲直りしたのか。つまんねぇの」

(阿部は酷いヤツだよ…!)


end.

since*2008.01.23

水沢
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