brawl



○田島side○

「たぁじま!てんめぇー!」

花井が、鬼のような形相で九組に乗り込んできたのは、昼休みの事だ。
周りのクラスメイトが、驚いたようにこちらを見ている。
一緒に昼飯を食べていた泉と三橋と浜田も、これまた驚いたように俺を見ている。
ちょっと待って、花井に怒鳴られるような事は一つもしてないぞ。
はて?と首を傾げている間にも、花井と俺の距離は縮まってゆく。
花井の手が、ガッと俺の胸倉を掴んだ。

「ど、どした…?花井…」
「お前、あれほど俺のモン取るなって言ったよなァ?」
「…え、俺、何も取ってないよ…?」
「嘘つくんじゃねぇよ、また俺のシャーペン取ったろ!」
「取ってない!」
「犯人はお前しか居ねェんだよ!こないだも、その前のシャーペンも、全部お前取っただろうが!」
「こないだとその前のシャーペンは俺だけど、今日のは知らないってば!ほんと、マジで!」
「お前いい加減にしろよ…?!お前それ、俺の今月の小遣いがピンチだと知ってて言ってんのか!」
「だから知らないって!」
「…もういい、お前とは絶交だ。もう別れる」
「ちょっと待って、花井」
「俺に話かけんな、じゃあな」
「花井…ッ」

あっという間の展開に、俺の馬鹿な脳味噌はついていけない。
花井は何て言った?絶交?別れる?

(冗談じゃねーよ…ッ)

覚えのない罪で、何で大好きな花井と別れなくちゃなんねーんだよ…!
思わず泣きそうになって、奥歯をギリリと噛んだ。
絶望するってこういう事なのかな?周りが見えなくなった。

「…じま、田島!」
「……あ、え、ごめ…泉…」
「本当にお前じゃねーの?花井のシャーペン取ったの」
「違う!…取ってないよ…。本当に…知らないんだ…」
「じゃあ、いんじゃね?花井だってありゃ言葉のアヤだろ?」
「…ハナイ…本気で怒ってた…絶交って…別れるって…」
「別れるって…つか、お前ら付き合ってたの?」
「うん…変なとこ、見せた…。ごめんな」
「別にいんだけどさ、田島…。泣きたいなら、泣いとけ?んで、花井と話し合え」
「…浜田…ごめん…、ありがと…ッ」

話が全然見えなくて絶望的に肩の落とした俺を、浜田はぎゅっと抱き締めた。
泣いても泣いても涙は止まらなくて、浜田のシャツがぐっしょりと濡れる。
側にいた泉と三橋は、よしよしと俺の頭を撫でたり背中を撫でたりしてくれた。

そして本当に花井は、まるで空気のように俺を避けて、話しかけてくれなくなった。


*  *  *  *  *  *


○花井side○

さすがにあれは言い過ぎたかもしれない。
しかし、俺は本気で怒っていた。
今月で三回目なのだ。シャーペンが紛失したのは。
一度目も二度目も、田島が持ってったまま返してくれなかった。
あいつは、借りたら返さないというめちゃくちゃ迷惑な癖がある。
しょうがないな、とそのたびにシャーペンを買いにいくものの、今月の小遣いはもう無い。
部活が終わったあとの買い食いで、綺麗さっぱり無くなってしまうのだ。
別れる!としっかり宣言して教室に戻ってくると、阿部が「おかえり」と自分の席に座って待っていた。

「お前の怒鳴り声、ここまで聞こえたぞ」
「…マジでか」
「でもあれ、言いすぎじゃね?田島じゃなかったらどうすんだよ」
「あいつしかいねぇよ、絶対。つか、もうどうにも収集つかねぇよ…。別れちまったしな」
「さらっと言うなよな…。田島がお前から離れられるわけねぇだろ」
「それもそうだけど、俺は今回の件はマジで頭にきてるんだ」
「まぁ、どうでもいいけどな。俺関係ないし」

…阿部はひどいヤツだよ。
ふと時計を見ると、もう五限目が始まる時間だ。
とりあえずペンを借りようと水谷にお願いすると、俺が使うには可愛すぎる色ペンを渡してきた。

「水谷、普通の無いのか?普通の」
「え、それかわいくね?可愛いよね?じゃぁいいじゃん。だって書ければいいんでしょ?」
「…すみません、お借りします水谷様」

…水谷もひどいヤツだよ。
周りからはクスクスと笑い声が聞こえる。
これは何の羞恥プレイか、と田島を再び恨みながら、俺は授業に望む事となった。

そして俺はこの時、まだ気づいていなかった。
この事件が全て自分の勘違いだったと言う事を。
取り返しのつかない事をしてしまった、という事を。

その日俺と田島は、一言も話す事無く一日を終えた。


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since*2008.01.23

水沢
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