酒盛り(ったく、何だっつーんだ) 最近毎日だ。同じ時間、同じ夢を見て飛び起きる。 魘される原因は只一つ、俺がかつて攘夷戦争に出ていた時の事だ。 『 お 前 は 何 も 護 れ な い 』 足が泥濘に嵌まる。泥濘から天人の手が伸びてくる。伸びた手に足を掴まれて、泥濘に体が吸い込まれる。 お前はただ殺すだけで、誰一人護る事は出来ないのだ。 そう耳元で囁かれ、泥濘から出れなくなる。 吸い込まれて、吸い込まれて、吸い込まれて… 『 お 前 は 何 も 護 れ な い 』 「だぁッ…!ッハァ、ハァ、ハァ…、何だっつーんだ、マジで」 魘されて飛び起きると、もう昼間を過ぎているようだった。 乱れた息を整えながらふと自分を見ると、全身を嫌な汗が流れている。 汗で額に張り付いた前髪を右手でかき上げて顔を上げると、ドアの隙間から新八が顔を覗かせていた。 「…新八?」 「銀さん…、いや、あの、凄い叫び声が聞こえたので…。大丈夫ですか?ここんとこ、ずっとじゃないですか」 「いやー、気にしないで新一くん。寝ぼけてただけだから」 「新八です。思いっきり動揺してんじゃないですか。本当、しっかりして下さいよ」 「マジで気にしなくていいから、マジで」 「金時くーん」 「お?」 新八に酷い尋問をされかけた時、玄関から聞こえたのはいつ聞いても能天気なあの声だった。 俺が玄関に出ようとすると、奴はすでにリビングにずかずかと上がりこんでいた。 相変わらず、図々しい奴。でも、それぐらいの方がいいのかもしれない。 俺には、それぐらいが丁度いいのだ。きっと。 「おー金時ー、いるなら返事ぐらいしたらどうじゃ」 「うっせぇな、テメェが勝手に上がってきたんじゃねぇか。帰れ」 「つれないのぅ、おんし、妙にイラだっちょる。飲みにでもいくぜよ」 「そうですよ銀さん、それがいいですよ。坂本さん、銀さんの事お願いします。なんか様子が変で」 「新八ッ、余計な事言うんじゃねェよ」 「…銀時」 新八が余計な口を挟むから、辰馬は急に真剣な顔して俺の名を呼んだ。 しかも、間違えずに、だ。有り得ない。 普段はおかしいぐらいにはっちゃけているくせに、何かあるとすぐ真剣で誰も何も言えないような顔して。 何も、言い返せない。俺はただ、辰馬の後ろをついてゆくだけ。 名前を呼んだ後、顎で外に出るよう合図された。 変なとこ、心配性なんだよこいつは。 「なんだよ辰馬ッ」 「いいからついて来い、飲みにいくぜよ」 「……ッ、」 その真剣な表情のまま、ガシッと腕を掴まれて俺らはその辺の居酒屋へ入った。 中に入って、辰馬が適当に注文を頼む。 目の前に酒を突き出されて、なんだか悔しくてそのグラスの中の物を一心不乱に煽った。 こいつは馬鹿なキャラばかり演じてるくせに、本当は鋭くて全て見透かされてる気がするから嫌いだ。 大嫌いだ、こんな奴…、辰馬なんか…辰馬なんか…辰馬…。 「…折角タダ酒じゃっていうのに、進んでおらんのぅ?銀時」 「っせぇ、少し黙ってろバカ」 「おーおー荒れとるわ、わしにバカは最高の褒め言葉じゃき」 「お前むかつくんだよ、何もかも分かったような口聞きやがって…バカのくせに…」 「…銀時、おんしはもう少し大人にならにゃいかん。わしに話す事、あるじゃろ?さしずめ攘夷戦争時代の悪い夢ってとこかの?」 「‥ッ、!」 くだらない夢なんかに魘されて、こんな大げさな話にしちまって、本当に俺はガキで素直じゃなくてバカだと思った。 自分の心の中で、『それが俺なんだ』と訳の分からない事を思って、決め付けていた。 俺は辰馬に、頼りきっている。それが、許せなかった。 出されて手つかずのグラスの中身をぐいっと煽ると、辰馬の腕を引っつかんで居酒屋を飛び出した。 「おい、銀時?!」 「…勘定は陸奥につけといて。辰馬、ついて来い」 「ぎん‥、とき…?」 腕を掴んだまま向かった先は、ピンクの看板ラブホテル。 そのピンクが煌々と輝く看板をくぐり部屋のキーを貰うと、辰馬を部屋のベッドへ投げ込んだ。 トレードマークのサングラスを放り投げ、赤いコートをほぼ無理矢理剥ぎ取る。 薄汚い首に巻いていたタオルも取り外し、中に着ていた服も脱がす。 突然狂ったように服を剥ぎ取る俺に驚いたように、辰馬は思い切り体を捻って抵抗する。 嫌だと叫ぶ唇は己の唇で塞ぎ、暴れる両腕は頭の上で先ほど取り外したタオルで縛り付けた。 「銀時ッ…嫌じゃ、いやッ…ンぅ、!」 「黙れよ…辰馬‥ッ」 「‥ァッ、あァッ」 * * * * * 初めこそ辰馬は抵抗したものの、しばらくすると急に大人しくなり辰馬は黙って俺に抱かれた。 辰馬は本当に嫌で抵抗したんじゃない。きっと、わざと抵抗するふりをしていたんだと思う。 そして、無理矢理繋がって一度お互いが落ち着いた後、そっと静かに辰馬が一言だけ呟いた。 「おさまったか?」 「…あ?」 「わしにぶつけて、おんしが正気に戻るのなら…わしは何されてもええ」 いつの間にか乱れて緩くなったタオルを腕から取り、自由になった腕で俺を抱き締めてきた。 消え入るような泣きそうな声、けれども表情はとても穏やかで、俺に笑いかける。 俺は、大変な事をしてしまった事に気づいた。 自分の目頭が熱くなるのに気がつく。勝手に、静かに涙が零れてゆく。 「ごめん…ごめんな、辰馬‥ッ」 「…ええ、疲れとるんじゃろ?ゆっくり寝れば、悪夢も消え去る。それに、今日はわしがおる」 「たつま‥、ありがとう…」 ベッドに横にされ、そっと抱き寄せられると、俺は安心したように眠ってしまった。 このぬくもりを、無意識に求めていたのかもしれない。 辰馬、傷つけてごめんな。明日からは、いつもの自分に戻れるから。だから、許してくれるか…? * * * * * 「そこにいるのは分かっちょる、入ってきィ」 静かに眠りに入った銀時の髪をゆっくりと撫でながら、ふーっと溜息をついて坂本は呟いた。 すると、遠慮がちに窓から侵入してきたのは桂。 あの白いお化けもおらず、今日は単独行動のようだ。 実は、様子の可笑しい銀時をどうにかしてくれと坂本に依頼したのは桂だった。 忍び足でゆっくりと銀時の元へ近づくと、寝顔を見て安心したようにほっと息をついた。 「もう解決した、明日にはいつもの金時に戻っちょるよ。ヅラ」 「ヅラじゃない、桂だ。…すまない、感謝する。こいつの心のテリトリーに入れるのは、お前しかいないからな」 「ほんに面白い連中じゃ、こいつもおんしも…それから、もう一人も。おんしらはどこか似とるの、みんな」 坂本の、特徴ある笑い声がいつまでも響く。 そのうるさい笑い声で銀時が飛び起きるのは数分後。 坂本に感付かれ、気まずそうに舌打ちを漏らした屋根の上の派手な着物が、どこか安心したように江戸の町へ消えてゆくのも数分後。 攘夷時代、共に戦った馬鹿な仲間達は、今日も平和そうだ。 end. since*2007.08.17-2007.09.05 攘夷阿弥陀様へ提出。 「酒盛り」という素敵な御題を頂きましたが、ほんの少ししか触れていれず申し訳ないです。 攘夷ファミリーは、どこか強い絆で結ばれているんだという事を分かってもらえたら嬉しいです。有難う御座いました。 水沢 |