3日目
やっとのことで商店街の人集りを躱して、俺は再び夜那の部屋へと足を踏み入れた。
「随分大人しかったじゃねぇかぁ。
スパイ顔負けの演技だったなぁ」
先程のばばあたちとのやりとりを思い出すとニヤリと笑いがこみ上げてくる。
俺や友人への対応との温度差には目を見張った。
物腰も柔らかく爽やか、跳ね馬によく似た立ち回りだった。
「それはいいから。
とりあえず、この地図を見てみて。
貴方の知ってる日本地図との違いがあったら教えて」
やつれた笑顔で溜息を吐き、夜那は何かを探して別の部屋へ行ってしまった。
「地図を見るだぁ?
馬鹿にしてんのかあいつは」
スクアーロはぶつぶつと零しながらもその地図をつぶさに見ていった。
そして、ある地点でぴたりと動きを止めた。
「う゛ぉおい‥」
「見つけた?」
ちょうど夜那が戻ってきたところだった。
何やら大量の本を抱えている。
「東京の地名がかなり違うぜぇ
‥特に、並盛の周辺がなぁ」
「そうだろうね。並盛なんて地名は存在しないから」
「‥‥はぁ?」
耳を疑った。なかなかに聞き入れ難い事を聞いた気がする。
「だから、この国に並盛なんて場所は存在しないの。
今までも、そしておそらくこれからも」
「‥どういうことだ」
夜那は呆れと憐れみの籠もった目で此方を見下ろした。
「つまり、ここはあんたの知ってるジャッポーネじゃないの。
たぶん、異次元―――パラレルワールドってところかな」
普段なら有り得ないと一蹴しているところだが、先程のホテルの事も考えると、そう簡単に否定はできなかった。
黙りこくる俺に、夜那は至極嬉しそうにニヤリと笑った。
「ど、信じた?」
「‥それ以外にどうしようもねぇだろぉ」
夜那は楽しそうにくすくす笑うと、じゃあこれは見せなくて良いかなーと言って抱えていた本をまたふらふらと運んでいった。
事あるごとに面倒事に巻き込まれる自分の運の悪さを呪った。
今回の任務はリング争奪戦以来の大勝負だったというのに、これではまたザンザスの面に泥を塗ってしまう。
それだけは避けたかったのだが、どうしようもなさそうだ。
「スクアーロ!!買い物行くよ!」
夜那はえらく興奮した様子で、戻ってくるなりこう言った。
「あぁ?」
「服とかさ、必要でしょ。
いつまでもそのジャージってわけにいかないし」
因みに俺の隊服は治療の際に強引に剥ぎ取られ、洗濯されている。
どちらにしろ、一昨夜の戦闘で破れてまともに着れる状態じゃない。
その為、ジャージ(男物だ。夜那曰わく、ジャージは男物に限る、らしい)を借りている。
「そりゃそうだが‥俺は金持ってねぇぞぉ」
まさかこんな事になろうと思うわけもなく、荷物はだいたいホテルに置いてきてしまっていた。
「あぁ、私が払うよ」
「はぁ!?ふざけんな、てめぇはまだ学生だろうがぁ!」
「平気へーき!私意外と稼いでるから。
それに、学生ったってもうハタチだよ」
立派に大人ですーと不機嫌に言うと、そのまま俺の腕をひっ掴んで、どこにそんな力があるのか俺をずるずると引きずり強制的に買い物へ向かった。
こっちへ来てから、どうにもこの女に振り回されっ放しで調子が狂う。
どうかしていると思う反面、こんな関係も悪くないと思ってしまう自分がいるのがたまらなく不快だった。
(ね、コレとかどうよ?)
(んなっ‥トランクスじゃねぇかぁ!!何やってんだぁ!)
(いーじゃん別に。鮫柄だよ?)
(平然と下着を選ぶなぁ!!)
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